体験談(技能)

vol79000
By KOKORO(毎日新聞社+VAIJ主催、在ベトナム日本国大使館など後援)
帰国後に日系企業で良いポジションで働きたいと思い、技能実習中に日本語学習をがんばったオアインさん。3年間で日常会話ができるようになり、技能実習を2年間延長してもらえることに。さらにN1を目指して努力していると、JLPTの会場で運命の相手と出会いました。

今回の先輩

グエン・テュ・オアイン さん

  • 2008年 衣料技術の専門学校卒業〈ホーチミン〉
  • 2009年 Trường Cao Đẳng Công Thương TP.HCM(短大)入学〈ホーチミン〉
  • 2011年 短大卒業
  • 2012年 日系企業で勤務〈ホーチミン〉
  • 2014年 技能実習〈秋田県〉
  • 2017年 ベトナムに帰国。ホーチミンの会社で翻訳業務
  • 2019年  2度目の技能実習〈秋田県〉
  • 2021年 日本でベトナム人と結婚〈秋田県〉
〈1987年生まれ、ビンフック省出身〉

お金を稼ぎながら日本語を勉強

ホーチミンの工場の前で同僚たちと(女性の日)

私は短大を卒業後、ホーチミンの日系企業で2年近く働きました。この会社は日本に輸出するためのバーバリーのコートやジャケット、ワンピースなどを製造する会社で、私の仕事は製品を検品し箱詰めすることでした。

私は事務職に移りたかったので、自分で「みんなの日本語」を勉強しましたが、なかなか日本語を話せるようにはなりませんでした。そんな私を見てトナム人の上司が「技能実習という制度で日本に行けば お金を稼げるし日本語も勉強できる」と教えてくれたので 私は日本に行くことにしました。実家が貧しかったので、両親にお金を送ってあげたいという気持ちもありました。

ホーチミンの送出機関

送出機関の教室で

技能実習生になるために入る送出機関は、私の上司の信頼する人が社長を務める会社を紹介してもらいました。ここでの日本語の勉強は毎日の授業が約7時間、夜の自習が3時間でした。送出機関で勉強したのは3カ月間だけで、準備期間としては短かったのですが、それ以前に自分で勉強していたので、少しだけ日本語を話せる状態で来日しました。

私が技能実習をすることになったのは秋田県の縫製会社でした。ベトナムで経験のある縫製の仕事に応募し、10人の受験者の中から3人の合格者の1人に選ばれました。送出機関に支払った費用は全部で4000 USDで、半分は自分の貯金をあて、残りは姉から借りました。

3年間の技能実習で300万円送金

私は2014年から3年間、技能実習生として働きました。技能実習生が約10人、日本人が約20人いる工場で、私たちは作業服をミシンで縫い、残業時間には検品をしました。実習生は、最初は中国人6人と ベトナム人3人でしたが、3年目はベトナム人だけになりました。

この会社でいただいた給料は訪日前に聞いていた内容と同じでした。適度に休日出勤や残業があり、手当はきちんと支払われました。また、秋田県は生活費も安いので、私は3年間で両親に約300万円を送ることができました。また、その後もう一度来日して2年半で約250万円を追加で送ったので、両親はこれらのお金でホーチミン市内に家を買うことができました。

実習生たちに親切な社長

社長が連れて行ってくれたパークゴルフ場にて

私はこの会社で働けて本当によかったです。社員は皆やさしいですし、社長も私たちにとても親切だったからです。例えば、社長は自分で会社のマイクロバスを運転して私たちをよく観光に連れて行ってくれました。桜の花見やイチゴ狩り、サクランボ狩りに連れて行ってくれたほか、従業員全員で宴会(12月の忘年会など)を開き、私たち実習生も呼んでくれました。

また、私たちの寮の近くに小さなスーパーがあり、普段はそこで食料品を買いますが、毎月1回、社長がマイクロバスで私たちを遠くの大きなスーパーに連れて行ってくれました。そこでは化粧品や服、特価の食品などを買い、みんなでランチを食べました。

私の家計簿(1カ月の平均)

※結婚前の家計簿

※100円=約17,428 VND(2022年12月14日現在)

収入:140,000円
給料 ¥140,000
*税金や社会保険、寮費などを引いた手取り給料 *このうち寮費・光熱費は22,000円
支出:25,000円
食費(主に自炊) ¥20,000
雑費(生活雑貨、外食) ¥5,000
毎月の貯金:115,000円

社長(中央)とベトナム人実習生たち

社長は買い物の行き帰りや普段の勤務日の休憩時間に実習生たちによく話しかけてくれました。社長は私たちが聞き取りやすいように、ゆっくりとわかりやすい日本語で話してくださいます。そして、私が2回目に来日してからは、私が週に1回、夜に後輩たちに日本語を教えています。そのときは、社長が私に残業代を払ってくれます。

また、私が結婚を機に寮を出て自宅から自動車で通勤するために自動車運転免許を取ったときは、最初の通勤のときに社長が助手席に座り、私の運転を見守ってくれました。

将来のために日本語を勉強

私は2014年2月に来日してから3年間、仕事が終わってから毎晩勉強しました。夜、同僚はYouTubeなどを楽しんでいましたが、私は日本語を身につけて帰国後に日系企業で事務職をやりたいと思っていたので、1人だけ勉強をしました。教材は「スピードマスター」シリーズやYouTubeのDũng Moriチャンネルなどを使い、わからないことは社長に教えてもらいました。

2015年7月:日本語能力試験(JLPT)N4に合格
2016年7月:N3合格
2018年7月:N2合格
2021年7月:N1合格

2019年に2回目に来日してからは、後輩の実習生たちも一緒に勉強しました。また、日本人による無料のオンライン日本語教室も週1回受けました。

新制度で技能実習を再開

3年間の技能実習を終えて帰国した私は、ジャケットを製造して日本に輸出するホーチミン市内の会社に就職しました。そこでは、日本人の上司が縫製工場で従業員に縫い方を教えるときに通訳をしたり、製品の仕様書を翻訳したりするのが、私の仕事でした。私は本当はもっと日本で働きたかったのですが、当時は技能実習が3年間しかなかったので、あきらめていました。

ところが、私が帰国した2017年に技能実習3号という制度ができました。これは最初の3年間を終えた技能実習生がさらに2年間実習を続けられる制度です。新聞でこのことを知った私は秋田県の社長にLINEで電話しました。「法律が変わったので、私はもう一度日本で技能実習をすることができます。また社長のところで働いてもいいですか?」。社長はとても喜んでくださり、私は2018年9月に再び来日し、技能実習を再開しました。

ベトナム人コミュニティ

チャンさん(左はし)と一緒に夫婦で茶道の先生のお宅を訪問

以前は、秋田県で同僚以外のベトナム人に会うことはめったにありませんでした。しかし、JLPTの試験会場には日本語の勉強をがんばっているベトナム人が集まります。こうした人たちと試験の合間や終了後に雑談を交わし、少しずつ人付き合いが広がっていきました。

その中で、2008年から秋田県に住んで子どもも育てているチャンさんには、さまざまな相談に乗ってもらい、華道の先生の家にも連れて行ってもらいました。また、最近はベトナム人団体もでき、バーベキュー大会やサッカー大会、テトのパーティーなどを開催しています。こうした集まりに参加すると、ベトナム人の留学生や技能実習生、エンジニアにたくさん出会うことができます。

JLPTの会場で運命の出会い

さて、私が2020年12月に運命の人と出会ったのもJLPT(N1)の試験会場でした。大学の同じ教室で試験を受けたベトナム人数人が試験後に教室の外で試験の感想を話し合ったときに、タンさんというエンジニアの男性と知り合いました。

タンさんとFacebookのアカウントを交換すると、翌月ドライブに誘われ、一緒にレストランでご飯を 食べたり公園を散歩したりしました。ドライブに応じる前に「日本でのお父さん」である社長に相談し、結果も報告したところ、2回目のデートには社長がついてきて3人で会うことになりました。社長はカフェで「この子と付き合うのなら、真剣な気持ちなのでしょうね?」とタンさんに迫りました。すると、タンさんは「私はオアインさんと結婚したいと思っています」と答え、私はとてもびっくりしました。

私はこうして2回目のデートでプロポーズされ、その後も結婚準備がスピーディーに進みました。

  • 社長を含む3人で会った翌週、彼と私がそれぞれベトナムの両親に報告〈2021年1月〉
  • 相手の両親(ハノイ)が私の両親(ホーチミン)を訪ね、親だけで婚約式〈2021年2月〉
  • 結婚〈2021年5月〉
  • 新型コロナが落ち着くのを待ってベトナムで結婚式〈2022年5月〉
私は結婚前は工場の2階の寮で後輩たちと一緒に暮らしていましたが、入籍してからは夫の会社の寮で一緒に住み、片道約40㎞の道のりを毎日車で通勤しています。休みの日は買い物をしたり、家の掃除をしたり、日本語を勉強したりしています。また、寮の庭でさまざまな野菜を育てています。

できるだけ長く日本で

夫は秋田県の会社で地すべり対策を担当しています。道路や建物のそばの斜面が崩れないように調査し、対策となる工法を設計する仕事です。夫は技人国の在留資格で働いていますので、結婚後、私は家族滞在に切り替えました。夫はこの仕事が好きで、ずっとこの会社で働きたいそうです。

私も最初の技能実習の2年目ぐらいから、日本にずっと住みたいと思っていました。社長も社員の皆さんも親切ですし、ベトナムで働くより給料も高いからです。それに、日本は交通が安全で町も美しいですし、「ありがとう」とか「すいません」という言葉をひんぱんに使う日本の文化も好きです。

近所のベトナム人仲間と私たち夫婦で田沢湖へ

また、結婚前は社長が私たちを連れ出してくれる以外はほとんど外出しませんでしたが、結婚してからは夫がいろいろな場所に連れて行ってくれます。夫のおかげで、地元のベトナム人仲間や技能実習の後輩たちと一緒に外出や食事をする機会も増え、生活が充実しています

日本に来られたことや良い会社で働けたこと、夫と出会えたことに感謝し、これからも日本でまじめに暮らしていきたいと思っています。