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日本に長く住むあるベトナム人の大みそかとお正月

私は日本人男性と結婚し、日本に住んで長い年月がたちました。子育てをしていたころは「お正月は日本とベトナムのどちらの国にとっても大事なイベント」と娘に伝えたかったので、毎年年末には日本の伝統的なお正月の準備をして新年を祝ってきました。その習慣は、娘が大きくなった今も続けています。わが家の年末年始の様子を紹介します。〈執筆:日本に長く住むベトナム人女性〉 ※上の写真は日本の「おせち料理」 〈このページの内容〉 ・年末の過ごし方:お正月の準備 ...

2025年09月08日
  • 「正座」は日本の伝統的な座り方?

    2024年05月04日
    足を折りたたんで座る「正座」。日本の江戸時代(1603~1868年)、武士が将軍に会うときは、正座をすることで将軍への忠誠心を示しました。現代でも、茶道や華道、書道など日本の伝統文化で正座は正式な座り方とされ、日常生活でも、和室で目上の人と会うときは正座が原則です。ただし、日本で正座が広まったのはそれほど昔のことではありません。それでは、正座は日本でいつごろからどうやって広まっていったのでしょうか? この記事は5カ国語の総合メディアJAPOと共同で制作しました。ベトナムでは、JAPOのウェブサイトに毎月15万件のアクセスがあり、雑誌も毎月2万部を配布しています。TV番組もあります。 昔は「立てひざ」や「あぐら」が一般的だった あぐら かつては「立てひざ」や「あぐら」が一般的 正座は日本の奈良時代(710~784年)に中国から伝わったと言われています。しかし、長らく、正座をするのは、神様や仏様に祈るときや高貴な人にひれ伏す場合などに限られていたようです。 江戸時代(1603~1868年)までは、公的な場でも、男性も女性も片方のひざを立てて座る「立てひざ」の座り方が多かったそうです。その後、座禅(ざぜん)の座り方に近い「あぐら」という座り方(上の写真)も広まっていきます。 十二単の着物 平安時代(794~1185年)の女性貴族や宮廷で働く女性たちの姿が当時の絵に描かれていますが、彼女たちの正装は十二単(じゅうにひとえ)という着物でした。この着物は下半身の部分がゆったりし、あぐらで座ることを前提にデザインされていました。また、平安時代の女性が正座を崩した「横座り」でくつろぐ姿も当時の絵で見られます。 武士や茶道での座り方 「あぐら」をかく武士 江戸時代までは、武士も「あぐら」か「立てひざ」、「そんきょ(しゃがむ姿勢)」の座り方で座っていました。正座で座ると、足がしびれますし、立ち上がるのに時間もかかるので、周囲の人から急に襲われた場合に対応できないという事情もありました。 千利休 また、今は茶道をするときは正座が原則ですが、昔は「あぐら」でよかったそうです。最も有名な茶人である千利休(せんのりきゅう、1522~1591年)もあぐらで茶道をしていたことが、当時の絵から分かります。 正座が広まり始めたのは17世紀 将軍が正座を導入 正座が広まっていくきっかけになったのは、江戸時代(1603~1868年)の初期に将軍(しょうぐん:全国の武士のトップ)が各地の大名(だいみょう:各地の武士のトップ)や家臣(かしん:身近な部下)に会う際に、相手に正座を義務付けたことでした。 将軍はKing of Samuraiなので、自分を神格化(しんかくか)したかったのかというと、そうでもないそうです。 相手に正座をさせると、相手が立ち上がって刀で斬(き)りかかるのが難しくなります。そこで、大名や家臣たちが将軍の前で座る際、将軍を攻撃する気持ちがないことや将軍への服従の気持ちを示す作法として正座が導入されたのです。 畳の普及で正座が広まる 将軍が大名や家臣に正座を義務付けたのをきっかけに、正座文化は武家社会で少しずつ広まっていきました。しかし、当時の住居は板間だけだったので、武士といえども、座り方の主流は引き続き立てひざやあぐらだったようです。武士の間で正座がもっと定着するのは、畳が登場した江戸時代中期以降でした。 畳の登場で武士の間に正座文化が定着すると、武士と交流がある商人たちも礼儀を示すために正座をするようになりました。 学校教育でさらに広まる そして、明治時代(1868~1912年)になると、正座は庶民にも広まります。これは、明治時代以降の政府が学校の「修身(しゅうしん)」という道徳教育の科目で、外国文化との違いを強調するために、日本人の正しい座り方として「正座」を教えたからです。「正座」という呼び方もこのときに生まれました。これによって、それまではあぐらでもよかった茶道の座り方も正座に統一されていきました。 同時に、それまではお金持ちの家にしかなかった畳が庶民の家にも普及し、正座をしやすい環境が生まれました。さらに、江戸時代に大流行した脚気(かっけ)という、足の痛みを伴う病気の治療法・予防法が明治時代に確立されました。脚気にかかると足が痛くて正座ができなかったのですが、脚気が激減したことも正座の普及を後押ししました。 正座が必要な場面と座り方 正座が必要な場面 現在、「正座」は茶道や華道、書道、落語、囲碁、将棋など日本文化の様々な場面で使われています。また、和室で目上の人と対面するときには、正座が礼儀正しい座り方ですし、日本で神様や仏様に祈る場合も正座をするのが一般的です。 正座の座り方 ①はじめに、床に両ひざをつきます。 ②お尻を落として、かかとの上に乗せます。 ③足の甲を床にぺたんとつけます。これで正座が完了です。 正座をしたら、両手はひざかももの上に置き、背筋を伸ばします。男性はひざとひざの間を少しだけ(こぶし一つ分)開き、女性はひざを閉じて座ることが多いです。 正座ができないとき 足をけがしている場合や高齢で正座が難しい場合などは、相手に事情を話して足を崩しましょう。 正座のよいところ 脳が活性化 勉強するときや気持ちを引き締めるときに正座をします。正座をして背筋も伸ばすと、脳が活性化され、集中力も高まります。 正座をすると足が短くなる? 「日本人は正座をするため外国人と比べて脚が短い」と考える人がいます。確かに、正座をすると下半身の血流が悪くなるため、脚が成長しにくくなるような気がします。 しかし、現在は、正座と脚の長さには関連性はないと言われています。日本人の脚が昔と比べて長くなったのは、正座をしなくなったためではなく、食生活の変化によるものと考えられています。 まとめ 正座は奈良時代に中国から伝わったと言われていますが、普段の生活の中では広まらず、「立てひざ」や「あぐら」の座り方が一般的でした。 正座が広まり始めたのは、江戸時代(1603~1868年)に将軍が大名や家臣に正座を義務付けてからでした。その後、畳の登場で武士の生活の中でも正座が広まりました。さらに、明治時代(1868~1912年)に畳が庶民にも普及したうえ、政府が学校教育で正座を推進したため、庶民の間でも正座が一気に広まりました。 日本の伝統的な座り方とされる「正座」ですが、世間一般に広まったのはそれほど昔ではなかったのですね。 ところで、あなたは正座ができますか?私は正座が苦手です。足が痛くなりますからね。
  • マンガ・読書感想文コンクール

    2023年04月05日
    “大同生命”という日本の保険会社をつくった「広岡浅子」の伝記マンガのベトナム語版が発刊されました。このマンガを読んで感じたこと、勉強になったことを、A4・1枚程度の感想文に書いて応募してください。入賞者には賞金が渡されるほか、応募者全員にデジタルギフト券が贈られます。 このコンクールには、ベトナムと日本から計655作品の応募がありました。厳正な審査の結果、12人の受賞者が選ばれ、2023年11月に表彰式を行いました。くわしくはこちらをお読みください。 主人公は女性の実業家 このマンガは広岡浅子(1849~1919年)という19世紀の日本の実業家の生涯を描いたものです。 浅子は今から174年前にとても裕福な商家に生まれ、今の銀行のような事業をしていた大きな商家に嫁ぎます。しかし、その直後に日本では革命が起きて経済環境が大きく変わり、浅子たちの商家も危機を迎えます。 そんな中、浅子は危機を救い、新たに銀行や石炭事業を起こしたり、日本で初めての女子大学を設立したり、生命保険会社を作ったりと、大活躍します。 「男が外で働き、女は家事と子育てをする」のが一般的だった時代に、女性の実業家として活躍した浅子。その人生をマンガで楽しく読み解きます。 大同生命について 左:広岡浅子さん、右:大同生命本社ビル 大同生命は、浅子たちが創立した120年の歴史を持つ日本の生命保険会社です。中小企業向けの保険サービスを提供するほか、中小企業が抱えるさまざまな課題の解決をサポートしています。 感想文コンクール 応募できる人 ベトナム語を母国語とする人(日本に住んでいるベトナム人もベトナムのベトナム人も応募できます) 課題図書 HIROOKA ASAKO小学館学習まんが人物館「広岡浅子」ベトナム語版※電子書籍(ベトナム語)はこちらから無料で読めます。 感想文の形式 ベトナム語か日本語のどちらかで書いてください。・ベトナム語:A4・1枚以内(500~700ワード)・日本語:A4・1枚以内(1000~1400字)フォーマット・ダウンロード※このフォーマットを使ってパソコンや携帯電話で入力しても、別の紙に手で書いてもどちらでも構いません。※フォーマットには感想文のサンプル(文章例)もついています。 応募方法 ・学校や日本語センター、組合などを通じて応募する場合は、先生に作品を渡してください。・個人で応募する場合は、下記にメールしてください。kokoro.vj.2022@gmail.com 応募しめきり 2023年6月30日 審査 ・大同生命の関係者やコンクール事務局(ベトナム人、日本人)が「作品の内容を的確にとらえているか」「自分の意見・感想をわかりやすく表現できているか」などを審査します。・表彰は2023年秋の予定です。 賞金・参加賞
  • ベトナムの常識・日本の非常識_35:「はい」は1回だけ

    2023年03月28日
    あなたが職場の上司から指示を受けたとき、ベトナムでは「はい、はい、はい」と返事をするのは一般的なことです。また、目上の人には車内で助手席に座ってもらうのが普通です。ところが、日本で同じことをすると……。 「はい」と3回連続で言うのは… 失礼です 上司から仕事の指示を受ける場面を想像してみてください。ベトナムでは、あなたが何か仕事の指示を受けたとき、「はい、はい、はい」または「OK、OK、OK」と答えるでしょう。これはベトナムではごく普通の返事で、指示をしっかり理解したという証しであり、礼儀正しい表現です。 しかし、日本で「はい」を2、3回続けて言うと、相手に良い感情を持たれません。上司やお客さんから指示や依頼、説明などを受けたときは、「はい」と1回だけ答えましょう。相手の顔を見て「はい」と1回だけ言えば、「(あなたの指示や説明を)理解しました」という意味になります。日本で仕事をするときは、このことを覚えておいてください。 話す相手が上司ではなくても、日本で「はい、はい、はい」と答えるのはよくありません。ある日本語の先生が教えてくれたことですが、日本人が「Yes」または「OK」と答えるとき、「はい」は1回だけです。「はい、はい」と答えると、「相手を軽く見ている」「聞き流している」「面倒くさそうにしている」などと誤解されてしまうそうです。「はい、はい、はい」も同じです。 ですから、上司とのやり取りだけではなく、アルバイト先の飲食店でお客さんの注文を受ける場面などでも、注文に対し「はい、はい」や「はい、はい、はい」と答えるのは失礼にあたります。お客さんが気分を損ねて帰ってしまうかもしれませんので、気をつけましょう。 食べるときはおわんを手で持つ ベトナムでは、おわんをテーブルに置いてスプーンで食べるのが一般的です。はしを使う場合も、おわんを置いて食べることについて何も気になりません。しかし、日本の文化では、おわんをテーブルに置いたまま、首を伸ばしておわんに口を近付けてはしやスプーンで食べると、「行儀が悪い」と思われてしまいます。日本では、おわんを片手で軽く持ち上げて口に近付けてから、はしやスプーンで食べる方が良いのです。ただし、大きなお皿については、片手で持ち上げる必要はなく、テーブルに置いたままで大丈夫です。 私は、日本の小学校に通う娘から、給食の時間に「3つのノー」運動があるということを聞くまでこのことを知りませんでした。「3つのノー」とは、①テーブルにこぼさない ②食べ物を残さない ③テーブルの上におわんを置いたまま食べない、の3つです。 日本人には、おわんやお茶わんをテーブルに置いたまま顔を近付けて食べることはペットのような食べ方と映るのかも知れません。さらに、おわんやお茶わんを手に持つことは、お米を作っている農家の人たちへの感謝の気持ちも表しているそうです。お子さんが日本の学校に通っていたり、職場で日本人の同僚と一緒に食事をしたりする場合は、このことに注意してください。 車に乗るとき、目上の人はどの席? 日本では車に乗る時、ベトナムとは異なる座席のマナーがあります。これは多くの国に共通することかもしれません。 ベトナムでは、運転席の隣の席(助手席)は家族や親しい友人のための優先席だと考えられています。例えば、私の家族が車に乗るとき、父はいつも運転する私の隣(助手席)に座り、後部座席には母と妻と子供たちが座ります。この配置の根拠は簡単で、父は家族で最年長なので一番良い席(広々とした視界がある助手席)に座るのです。これはおそらく多くのベトナム人家庭で共通のルールになっていると思われます。 しかし、日本のルールはこれとは違います。卒業式のとき、友人と車で日本語教師を迎えに行きました。私は友人(運転手)の隣(助手席)に座っていましたが、先生の家に到着すると、いったん車から降りて先生に助手席に座ってもらい、私は後部座席に回りました。それが先生への敬意だと考えたからです。 先生は少しとまどったような顔をしていましたが、何も言いませんでした。行事が終わった後、先生から興味深い文化の違いを聞きました。日本では、目上の人やお客さんを後部座席に座らせることが多いそうです。例えば、会社の上司や先輩とあなたがタクシーで移動する場合、上司と先輩に後部座席に座ってもらい、あなたは助手席に座るのがマナーなのだそうです。日本で仕事をする人はこのことにも気を付けてください。

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【在ベトナム日本国大使館後援】

  • 国際カップルの出会い_part 2

    日本人と結婚したベトナム人たち。前回はカップルが日本で出会った4つのケースを紹介しました。今回はベトナムで出会った4つのケースについて紹介します。 日系企業の上司と結婚 チョウさん(1980年代生まれ)はベトナムの外国語大学で日本語を専攻し、2005年に日系企業に就職しました。そして、その会社の日本人上司(男性)にいつも電子メールなどで業務連絡や報告をしていましたが、たまに仕事と関係ない雑談も送信してみました。すると、上司がある日、チョウさんをコーヒーに誘ってくれました。こうして2人は時々社外で会うようになり、交際が始まりました。 上司はベトナム語を話せるので、2人の会話は日本語とベトナム語の両方でした。交際を始めて数カ月後、チョウさんは彼を実家に連れて行きました。ベトナムでは交際相手を実家に招待するのはよくあることで、深い意味はありませんが、日本では、恋人を実家に連れて行くのは主に結婚前提の場合なのだそうです。上司はそのつもりでチョウさんの実家を訪問し、両親とすぐに仲良くなりました。 2人は間もなく婚約し、彼の親もベトナムに来てくれました。そして、出会った翌年の2006年に結婚し、夫のベトナム勤務が終わった2009年に夫婦と子どもの3人で訪日しました。その後、もう1人子どもが生まれ、今は4人で幸せに暮らしています。近所や幼稚園のママ友(日本人)、Facebookを通じてできたベトナム人の友だちなど、日本での友だちも増えました。 短期滞在の同僚と結婚 トゥイさん(ハノイ出身)はベトナムの大学で教員をしていた2000年ごろ、日本の公的なプロジェクトで教員として大学に派遣されてきた日本人男性と同僚として知り合いました。トゥイさんは大学で日本語を勉強し、日本語を話すことができました。 その後、男性は帰国しましたが、2001年に今度はトゥイさんが仕事で日本に行くことになり、半年間の滞在中にその男性がよく会いに来ました。そして、一緒に食事をしたり観光地に遊びに行ったりするうちに交際が始まりました。 トゥイさんは出張を終えてベトナムに帰国しますが、彼も同じ飛行機に乗ってトゥイさんをベトナムまで送りました。そして、一緒にハノイに着いたその夜に、彼はトゥイさんにプロポーズしました。2人は2002年にベトナムで結婚式を挙げ、夫の家族や友だちもベトナムに来て参列してくれました。その数カ月後に日本で披露宴をし、トゥイさんはそれ以来、日本に住んでいます。 トゥイさんの両親はいずれも海外留学経験者で、仕事でも外国人と接する機会が多かったので、2人の結婚に反対しませんでした。結婚後は、2人が育った文化が違うので、お互いの価値観を尊重し合い、意見の違いがある場合はていねいに話し合うようにしています。 トゥイさんにはその後、娘が生まれ、今は3人で暮らしています。娘さんはベトナム語を少し話すことができますが、話す機会が少ないので、トゥイさんは娘さんと一緒にベトナム人の友だちと会ったり一緒にベトナムに帰省したりして、ベトナム語と触れる時間を増やすように工夫しています。娘さんもチャンスがあれば積極的にベトナム語を話すようにがんばっています。 国際結婚した親友の義弟と結婚 バオ・ギさん(1977年生まれ、バーリア市出身)の親友は日本に留学して日本人男性と知り合い、結婚しました。その後、2人はベトナムで会社を設立し、夫のいとこ(親友の義弟)もその会社を手伝うためにベトナムに来ました。バオ・ギさんは親友に会うためによくその会社に行っていたので、親友の義弟とも知り合いになりました(2010年)。 しかし、彼はベトナム語がわからず1人でどこにも行けないので、親友夫婦に頼まれてバオ・ギさんが彼の通訳兼案内役としてあちこちに同行するようになりました。例えば、週末に彼がバイクで出かけるときや会社の社員旅行に参加するときなど、いつも彼女がサポートしました。バオ・ギさんは大学で日本の政治・経済や日本語を学び、日本語も話せたからです。 やがて2人で食事をしたり遊びに行ったりする機会が増え、互いにひかれ合って交際が始まりました。訪越1年後の2011年7月、彼は会社を辞めて日本に帰りましたが、2人は毎日Skypeでやり取りをし、交際を続けました。そして、彼は同年11月、バオ・ギさんに会うためにベトナムに来て、プロポーズ。バオ・ギさんはそれを受け入れました。 バオ・ギさんの両親は「日本語ができても、親せきがいない海外で暮らすのは大変だ」などと強く反対しました。また、長年勤めた会社を辞めることにも抵抗がありました。しかし、バオ・ギさんはさまざまなハードルを乗り越えて彼と結婚し、2012年8月に訪日しました。バオ・ギさんは翌年には日本で就職し、今もその会社で働いています。そして、今は夫と5歳の娘と3人で幸せに暮らしています。 日本語学校の級友の紹介 フオンさん (1972年生まれ、ハノイ出身)はハノイで就職後、夜間の日本語教室に通いました。2000年ごろ、その教室の同級生が勤める日系企業の日本人数人と仲良くなり、一緒に食事をしたり旅行に行ったりするようになりました。 グループには、ODA関係の長期プロジェクトの担当としてベトナムに来ている日本人男性もいました。フオンさんはこの男性と結婚することになりますが、当初は別の人と付き合っていたため、交際に至りませんでした。しかし、グループでの交流が重なるうち、仲間たちから「2人はなかなかお似合いですね」などと冗談を言われ、互いにメールで連絡し合うようになりました。そして、何度もメールでやり取りをするうち、交際が始まりました。 彼は長期出張が終わってからも出張や旅行で何度かベトナムにやって来てフオンさんと会いました。そして、2004年ごろに転職し、その会社のホーチミン駐在になりました。海外で経営を体験したかったのと、恋人のフオンさんのいるベトナムで生活したかったからです。 2人はホーチミンとハノイで遠距離恋愛をします。そして、彼は2005年に別の大手日系企業に転職してハノイに戻り、この年に2人は結婚しました。その後、フオンさんはハノイ貿易大学のMBAコースに2008年まで3年間通いました。夫は2007年に先に帰国し、フオンさんもMBA修了後に日本で合流。2009年に息子が生まれました。 フオンさんは日本語があまりできないので夫婦間の会話は英語でしたが、息子が3歳のころ、言葉が遅れていることに気付き、家族間ではなるべく日本語で話すようにしました。日本に来てからは専業主婦で、今は地域のボランティア日本語教室に通い、園芸や手芸などの趣味も楽しんでいます。 まとめ 2回に渡って計8組の越日カップルの出会いを紹介しました。簡単にまとめましょう。 ◆ 出会った場所・場面(日本編) 【技能実習先の職場】 技能実習先の同僚と結婚。実習生の中で日本語が一番話せたのがきっかけになった。 【婚活サイト】 日本の婚活サイトで知り合った。学歴が高く性格も良さそうな人を選んで交際を始めた。 【日本語教室】 ボランティア日本語教室の生徒と教師として出会った。 【留学先の大学院】 日本の大学院の同級生と結婚。ベトナムに帰国後は越日で遠距離恋愛。 ◆ 出会った場所・場面(ベトナム編) 【日系企業の職場】 勤務先の上司と結婚。仕事以外の話題もメールすると、相手がコーヒーに誘ってくれた。 【勤務先の大学】 プロジェクトで同じ大学に派遣された同僚教師と結婚。相手が帰国後、自分が日本に長期出張し、交際が始まる。 【親友の紹介】 親友が先に日本人男性と結婚。その男性の弟のサポート役を頼まれ、交際に発展。 【日本語教室の級友の紹介】 日本語教室の級友から日本人駐在員を紹介され、遊び仲間に。その後、交際。 さまざまな出会いを紹介しましたが、いかがでしたか? 運命はわかりません。あなたも留学や技能実習、日本語学習がきっかけで、いつか日本人パートナーと出会うかも知れませんね。

    2021年05月12日

  • 国際結婚

    2020年6月の入管の統計によると、42万人以上のベトナム人が日本で生活・仕事・留学をしており、その数は在日中国、韓国人に次いで3番目(日本に住む外国人全体の14・6%)です。在日ベトナム人の多くは技能実習生や留学生、高度人材(高度専門職)ですが、日本人と結婚して「日本人の配偶者等」という在留資格で暮らすベトナム人も4,758人います。 http://www.moj.go.jp/isa/content/930006222.pdf KOKORO編集部は、日本人と結婚して日本に住んでいるベトナム人女性14人に国際結婚のメリットとデメリットについて聞いてみました(14人のうち8人が40代、3人が30代です)。 結婚前の悩み 日本人と結婚するまでに多くのハードルがあります。回答の中で多かったのは次のような項目です。 ✔ 両親の反対 ✔ 故郷を離れ、住み慣れない国(日本)に行かなければならない ✔ 今の仕事を辞めなければならない ✔ 結婚に関する手続きが非常に複雑 「故郷を離れなければならない」を挙げた人が半数を占め、遠い外国で長く暮らしていくことが、日本人と結婚しようと決意する人たちに共通する悩みのようです。次に、「結婚後の悩みごと」についても聞いてみました。彼女たちの苦労や悩みをさらに詳しく見ていきましょう 結婚後の悩み ✔ 友だちが少ない ✔ 言葉の壁 ✔ 日本人との考え方の違い ✔ 文化、習慣、食事の違い ✔ 子育ての違い 最も多かったのは「友だちが少ない」でした。日本社会には近所の外国人とよく交流するという習慣があまりありません。そのため、日本人と顔見知りになろうとおしゃべりしたり、遊んだりといった交流が非常に難しいのです。「文化・習慣の違い」や「言葉の壁」に悩む人も多く、「友だちが少ない」問題の背景になっていると思われます。 日本人と結婚して良かったこと 悩ましいこともある一方、日本で生活することには多くのメリットもあり、外国人花嫁が桜の国・日本に住み続けたいと思わせてくれる要素もたくさんあります。100組の日越国際カップルを対象とした別のアンケートでは、半数以上が「環境の整った日本での暮らし」や「日本の食事」(日本の食材は衛生的で安心して食べられる)を挙げていました。また「個人の自由を尊重する習慣」や「他人に気兼ねする必要がない」を気に入っているベトナム人も多く、こういったメリットが日本人との結婚を後押しする要因になっているようです。 結婚後の日本での生活を良くしていくには それでは、日本での結婚生活をよくしていくにはどうしたらよいのでしょうか。今回の調査で多くの人が次のような回答をしています。 ✔ 日本語をもっと勉強する ✔ 日本の習慣や文化を理解するため、日本人の友だちを作る ✔ 何でも話せるベトナム人の友だちをつくる ✔ インターネットや本で情報を収集する ✔ 地元の団体に所属したり活動に参加したりする ✔ 配偶者とよく話をし、率直に意見を交換し合う 私が国際結婚のカップルを見ていて思うのは、一番のかぎはやはり日本語能力です。言葉を知らなければ相手が何を言っているのか理解できませんし、自分の考えも伝えることができません。そこで、日本語のニュース番組を毎日見て勉強したり、日本人の友だちを作って交流したりして、日本語能力や日本社会への理解を高めていくことが大事です。 最近は、日本に関する豊富な情報をインターネットでベトナム語で入手できますし、日本で活動するベトナム人コミュニティやグループのSNSもたくさんありますので、それらも活用しましょう。 夫の家族と良好な関係を築くには 最近の日本では、両親が子ども夫婦の暮らしに干渉することはあまりありません。 私の場合は、結婚してすぐ、夫の両親に「日本に長年住み、今も文化や習慣を理解しようと頑張っていますが、まだまだわからないことも多くあります。いろいろ教えてください」とお願いしました。そのため、義理の母が伝統行事で必要なものをいつも教えてくれます。例えば5月5日は日本では子どもの日ですが、子どもの健康や幸せを願ってショウブの葉をお風呂に入れてつかる習慣や、真夏に暑気払いにウナギを食べることなどです。 また、子どもが小さいころ、遠方に通勤する私の代わりに夫の両親が子どもを幼稚園まで連れて行ってくれるなど、何かとサポートしてくれました。 最後に、私が考える「日本人家族と仲良くなる秘訣」をご紹介します ✔ 義理の両親を自分の両親と思って接する ✔ 知らないことやわからないことがあれば、すぐにたずねる ✔ 相手がなぜその行動に出たのか、常に相手の立場に立ち考える ✔ 何かうしろめたい気持ちがあれば、自分からまず先に謝る ✔ 礼儀正しく、時間を守り、大声を出さない ✔ その場にふさわしい服装を心掛ける ✔ お金についてはいつも明確にしておく このブログが、後輩の国際カップルの結婚生活のお役に立てれば幸いです。 ※巻末に日本で家族生活を送る上で参考になる「関連記事」を紹介していますので、そちらも参考にしてください。 グエン ヴィエト ハー

    2021年01月25日

  • 日本の結婚式に招かれたら…

    日本の結婚式はベトナムとかなり違います。結婚の「儀式」とお祝いパーティー「披露宴」のいわゆる“二部制”が主流で、服装は、男性は黒の礼服が多く、女性は着飾って出席します。皆さんが日本の結婚式に招かれたとき、ネクタイは何色がいいか、お祝い金の相場はいくらぐらいか、結婚式では何をするかなど、日本の結婚式のあれこれについて紹介します。 【 グエン・べト・ハー 】 日本で結婚式が多い時期は? ベトナムでは秋の収穫期から年末にかけての11~12月ごろに結婚式がよく行われますね。天気の良い日が多く、結婚式に向いています。日本の結婚式は暑い夏や寒い冬はあまり人気がなく、季候のよい春や秋に多く行われます。 日本の6月は「梅雨」と呼ばれ雨の日が多いので、気候の面では結婚式に向いていません。ところが、ほかの理由で結婚式によく選ばれます。それは、「6月の花嫁」「6月の結婚」を意味する「ジューンブライド(June Bride)」になりたい女性が多いからです。6月に結婚式を挙げると一生涯幸せな生活を送ることができると言われています。ローマ神話の女神で女性や子供、家庭の守護神と言われるユノが守っている月が6月だからです。 結婚式の形式は様々 日本の結婚式は新郎新婦の宗教や好み、経済状況によって様々な形式で行われます。最近は、2人でプランニングをすれば、家族が反対することはあまりありません。わが子の自立を尊重し、結婚相手や将来設計は自分で決める…というのが、最近の日本人家庭の傾向なのです。 日本の結婚式の招待人数は年々減っています。 遠くに住む親せきやご近所さん、あまり親しくない同僚や友人を呼ばなくなったからで、最近は数十人から100人が一般的です。ある結婚式情報サイトが最近行ったアンケートでは、全国平均で67人でした。ベトナムの結婚式と比べてこじんまりしていますね。逆に、親族やごく親しい人だけを招いて数人から十数人で挙式を行うパターンは増えています。その場合、挙式の場所としてハワイが選ばれることが時々あります。日本の若い女性はハワイが大好きなのです。 結婚式の費用 ホテルや結婚式場では、結婚式(儀式)の費用は数万円~20万円で収まりますが、式後のパーティー(披露宴)には多額の費用がかかります。招待客1人あたりの料理・飲み物・お土産の平均費用が約25,000円です。このため、招待客が渡す祝儀(お祝い金)もベトナムの結婚式と比べると高額になります。祝儀の相場については後で説明します。 親族だけでのミニ結婚式の場合でも、日を改めて友人を招いた結婚披露パーティーが行われる場合があります。その場合は、レストランなどで行われるケースが多く、新郎新婦の友人が主催します。ホテルや結婚式場で行う場合と違って、費用がそれほどかかりませんので、通常、定額の会費制で招待されます。レストランの内容にもよりますが、会費は1万円ぐらいのことが多いです。 結婚の儀式 神社での神前結婚式 次に日本の様々な結婚式(儀式)の形式について紹介しましょう。日本では多くの場合、信仰とかかわりなく選択されています。 ⚫ 教会式 ホテルや結婚式場のチャペルで行われます。新郎新婦が無宗教の場合はプロテスタント式が主流で、2人が夫婦になることを牧師が宣言します。挙式は20〜25分ほどの短時間で、式後、新婦がゲストに向かってブーケ(小さな花束)を投げます。 ⚫ 神前式 神社の正殿や結婚式場の神殿で行います。日本の大きなホテルや結婚式場の多くにチャペルや神殿があります。神前式では、新郎新婦が杯を交わす「三々九度の盃」という儀式があります。 ⚫ 仏前式 お寺で行う結婚式です。仏様と祖先に出会いを感謝し、結婚の報告と誓いをします。 ⚫ 人前式 宗教と無関係の形式です。新郎新婦が結婚の誓いを述べ、参列者に承認してもらいます。 ゲストに向かってブーケトス 私は厳かな神前式や、純粋な教会式、ハワイのレストランでの人前式など、様々な結婚式に参加したことがあります。日本の伝統的な結婚式、5つ星ホテルで行う華やかな結婚式、そしてビュッフェスタイルのカジュアルな結婚式など、それぞれに特色があり、よい挙式でした。ベトナムと比べると参加人数が少ないので、新郎新婦も交えて皆でおしゃべりを楽しむこともできます。 結婚式に招かれたときに知っておくべきこと ➊ 出欠を早く知らせる ➊ 出欠を早く知らせる 日本では招待状は式の2~3カ月前に届きます。新郎新婦は参加者の人数などを早く確定して式場に知らせないといけませんので、招待状が届いたらなるべく早く返信してください。 ➋ 交通費 遠方から参加する場合は交通費が高いので、費用負担について新郎新婦と相談しましょう。日本の結婚式では、結婚祝い(ご祝儀)を持参しますが、場合によっては「ご祝儀は要らないので、遠方の式場まで自費で来てほしい」とお願いされるケースもあります。通常は、このような詳細が記載された招待状が送られてきます。 ➌ ご祝儀を準備 ➌ ご祝儀を準備 祝儀袋はお祝い専用の封筒で、文房具店や書店、コンビニで購入できます。祝儀袋には新札を入れます。金額は奇数が良いと言われています。友達の結婚式の場合、親しさにもよりますが3万円か5万円が相場です。家族や親戚であれば5万、7万、9万円です。 招待側が交通費などを出してくれる場合、新郎新婦の負担を軽減するため多めに包みます。 ➍ 服装 ➍ 服装 日本ではフォーマルな結婚式には、親族なら礼服と呼ばれる黒のスーツやワンピースで参加します。男性のネクタイの色は白です。招待客も男性の場合は礼服で参加する場合が多いですが、女性は色とりどりに着飾って参列します。着物やアオザイでもOKです。分からない場合は新郎新婦に相談しましょう。 ➎ 絶対に遅刻しない ➎ 服装 日本の結婚式は必ず予定時刻に始まりますので、遅刻厳禁です。 以上が日本の結婚式の概要です。ベトナムの結婚式とは少し違いますね。招待されたときにはこのブログのことを思い出してください。

    2021年03月08日

  • 日本のビジネス文化_02:職場に私物を届けない

    ベトナムでは、ネットショップで買った商品を職場に届けてもらうのはよくあることですが、日本ではNGです。また、日本人は長期休暇が終わった次の日から「仕事モード全開」の状態に戻ります。私はベトナムで9年間働いた経験があり、3度の日本留学を経て日本で正社員として働いています。ベトナムと日本のビジネス文化の違いをお伝えしていきます。〈Vân Hoàng〉 「オン」「オフ」の切り替え ハノイで働いていたとき、日系企業はベトナムの会社より祝日が多いのでうらやましいと、ずっと思っていました。2021年10月に東京の会社に入社すると、正月休み以外にも毎月のように3連休がありました。 すごくうれしいのですが、私にとって大変なこともあります。それは仕事とプライベートの「オン」「オフ」を切り替えることです。連休後にいかに早く気分を切り替えられるかが課題ですが、周りの日本人の同僚たちはプロで、連休明けでも朝からしっかり「仕事モード全開」の状態です。 日本では年末年始に約1週間の休みがあり、1月の初出社の日に社長が社員に新年のあいさつを述べます。それが終わった途端、同僚たちは皆、1週間の休暇がうそのように、完全に通常の仕事モードに入っていました。 ベトナムでは「1月は遊びの月だ」という言葉があります。ベトナムの正月休み(旧正月=テト)の期間はもちろん、その前後を含めて約1カ月は遊びモードで過ごすという意味です。連休前はテトの準備や買い物、連休の過ごし方を考えることでそわそわ過ごし、連休後は新年会や初詣、春の旅といったさまざまなイベントで頭がいっぱいです。 それに比べて日本人の「オン」「オフ」の切り替え方には感心させられるものがあり、日本が大きな経済成果をあげてきた背景の一つだと、一緒に働いてみて感じました。 公私の区別もしっかり このように「仕事の時間」と「プライベートの時間」をしっかり切り替える日本人は、時間以外の点でも公私をしっかり区別します。例えば、私の同僚たちは勤務時間中は仕事に集中し、雑談や家庭の話はほとんどしません。 また、日本では従業員の私物が会社に配達されることもありません。ベトナムでは、ネットショップで買い物する場合、会社に届けてもらう人もたくさんいます。私もそうでした。しかし、日本の会社ではそのような人はいません。私も今は、ネットショッピングで買った商品は週末に自宅で受け取っています。 昼休みは休んではいかが? このようにしっかり働く日本人ですが、それが行き過ぎるのか、「オフの時間を大事にするのは少しへたかも」と思う場面があります。それは毎日の昼休みです。 日本の会社に入って一番驚いたことは日本人の昼休みの過ごし方です。以前、ハノイの大学で日本語を教えていたとき、同僚の日本人(法律の授業を担当する弁護士)が、「日本ではランチを5分で済ませる人も多い」と話していました。私はそれを聞いて「大げさだ」と思っていました。 しかし、日本の会社で働いてみると、それはまったく誇張ではなかったことが分かりました。当社には、昼休みを短縮する人もいますし、ランチを食べずにずっと仕事をする人もいます。また、ベトナムではあり得ないことですが、会議に出席しながらランチを食べることもあります。 ベトナムでは「天罰ですら食事の時間は避ける」ということわざがあります。食事の時間を大切にしようという意味です。日本の正社員なら、多くの場合、労働契約書に昼休みは1時間と書かれていますね? その時間をどのように過ごすかは自由ですが、自分のための時間をもう少し大切にしたほうが良いのではないかと思うこともあります。 休憩を取った方が仕事の能率向上にもつながると思います。また、会社の人と一緒にゆっくりランチを食べながら、いろいろな話をするのも有意義です。ベトナム人なら、休憩時間に同僚とプライベートな話題も含めて何でもおしゃべりします。それが良い人間関係やお互いの理解につながっています。 まとめ 私は日本の会社に入って日本人の働き方や仕事の文化を学び、見習うべき点が多いと感じています。ベトナムでの働き方とかなり違います。それは文化の違いであり、どちらが優れどちらが劣っていると評価する種類のものではないと思いますが、採り入れることで自分の仕事を改善できるのであれば、それも一つの方法です。 今回は、日本の職場の良い点として「オン・オフの切り替え」と「公私の区別」を紹介し、残念に感じる点として「昼休みの使い方」をお伝えしました。お互いのビジネス文化を理解し、仲良く働いていきたいですね。

    2022年02月17日

  • 日本での「遅刻」は何分遅れから?

    遅刻は何分から? (村田奈緒=日本語教師、元ハノイ国家大学講師、元社長秘書) 昨年、ハノイの大学で学生と卒業生に対して日本語で「ビジネスマナー講座」を行いました。教室の後ろにはオブザーバーの日本人駐在員や日本語教師も座り、教室の前はベトナム人、後ろは日本人となっていました。 「皆さんは会社員です。日本で働いています。今日はお客様と会います。遅刻はいいですか、悪いですか?」 受講生たちは「そんなのわかってるよ」と言わんばかりの顔で「遅刻はダメです」と口々に言います。そこで、「午前10時のアポイントメントです。何時何分から遅刻ですか?」と、最前列の受講生にあててみました。 「遅刻は10時20分からです!」 自信満々のこの答えに、後ろの日本人たちからざわめきが起こりました。 その空気を感じとった別の受講生が何か言いたそうだったので、「どう思いますか?」とあててみました。 「遅刻は10時15分からです!」 日本人たちのざわめきはさらに大きくなり、絶句している人もいます。受講生たちは後ろを振り返り、不安そうな表情になっています。そこで、私は正解を教えました。 「遅刻は10時1秒からです」 すると、今度は教室の前半分(ベトナム人受講生たち)が大騒ぎになりました。「えっ!」「1秒過ぎたらもう遅刻!?」。答えがあまりにも意外だったのか、ざわめきがやみません。 日本社会では、約束の時刻を1秒でも過ぎると遅刻とみなされます。15分も20分も遅れると、信頼回復はかなり難しくなります。このような日本の“常識”を良いと思うかどうかは別にして、日本に行く前に、あるいは日本で働く前に、時間に関する感覚の違いを知っておくことは大切です。 逆に、ベトナム人と一緒に働く日本人にとってもこの違いを理解しておくことは重要です。私は「遅刻をしないように指導しても、改善しない」と日本人駐在員から相談を受けることがあります。そういうときは、「具体的な数字を示すと分かりやすいですよ。『10時1秒から遅刻です。遅刻しないでください』と言ってみてください」と助言しています。 Đúng giờ “時間通り” (Bùi Bình Minh=人材紹介会社役員) 私は日本に約30年間住み、日本企業で5年間役員を務めてきました。日本社会では“時間通り”が当たり前。数分遅れならまだ許容されますが、15分遅れると信頼回復は難しく、30分ともなると“論外”です。 外国人にとって、日本での仕事のスケジュールの細かさには驚くべきものがあります。また、日本に来たばかりの人にとって、公共交通機関の時間の正確さは正に“奇跡”のようだと思うでしょう。時間を守らない…それは、日本では“約束を守れない”とみなされてしまいます。相手の時間を無駄にするような人間は信頼できず、相手を尊重できない人格だとみなされてしまうのです。特に、採用面接や顧客との最初の面談など重要な機会で遅刻をしてしまうと、その後の結果に深刻な影響をもたらしかねません。 日本の常識として、仕事での“時間厳守”とは時間通りに約束の場所に着くことではなく、“少なくとも10分前に到着すべきこと”と理解した方がよいでしょう。その“10分前到着”を確実なものにするために、待ち合わせ場所までの電車などの時刻を調べた上で、道中で何か問題が起きる場合も想定し、余裕をもったスケジュールを組んでおきたいものです。 しかし、それでも遅れそうになった場合、どのように対処すればよいでしょうか。遅刻の可能性が高くなった時点で、まずそのことを相手にできるだけ早く伝えましょう。そのときに、何時に着きそうかも伝えます。到着時間がすぐにはわからなくても、時間のメドが立ち次第、必ず相手に連絡を入れてください。そうすることで、相手は待ち時間を有効に使うことができます。 社内の会議でも同じです。遅れる場合は、遅れることとその理由を早めに関係者に伝えてください。ただし、社外の人との会合の場合、遅刻の影響は会社全体の信用に関わりますので、相手が受け入れやすい理由や説明の手立てを考える必要があります。 当たり前ですが、そのような状況に陥らないことが第一です。しっかりした計画と早めの出発を心がけましょう。約束より早く到着すれば、会議に最適な状態で臨めますし、相手にも好印象を持たれます。ただし、先方への到着が早過ぎた場合、約束の時刻の10分前ぐらいまでは外で待つ方が賢明です。日本人は予定をたくさん入れる傾向があるので、早過ぎると、相手の準備が整っていない場合があるからです。 ただ、興味深いことに、日本人は“始まり”の時間には厳格なのに、“終わり”の時間には何かと寛容です。会議も終わりなく続くことも多々ありますし、終わりのない宴会も珍しくありません。開始と同様、終了にも“時間通り”が必要だと私は思うのですが、そもそも終了時刻を決めずに打ち合わせに入ることもよくあります。予定通りの時刻に会合を終わらせたい場合は、最初に自分の都合を伝えましょう。そうすれば、相手もそれを理解し、終了時刻を意識してくれます。

    2020年07月01日

  • ベトナムの常識・日本の非常識_23:隣人の家に勝手に上がらない

    日本では、いくら親しい間柄の隣人でもさまざまな節度を守る必要があります。隣人と外で立ち話はするのに、自宅にはなかなか入れない▽玄関を閉め、窓にはカーテンを閉めて自宅内が外から見えないようにする▽“騒音”に敏感――など、日本の近所付き合いの文化を一緒に見ていきましょう。 隣人宅に入るのはハードルが高い 「遠くの親戚より近くの他人」はベトナムで古くから語り継がれてきた言い伝えで、ベトナム人にとって隣人は特別に親しい間柄の人たちです。私の家はハノイの高層アパート(日本で言う「マンション」)にあります。同じ階に10軒あり、ほとんどの家はほぼ終日、玄関のドアが開いていて、大人も子どももお互いの家に自然に出入りします。唐辛子を求めて隣家を訪ねたり1ケースの卵をあげるために出入りしたりすることもあり、いつも活気があってフレンドリーな雰囲気です。 立ち話はよく見かけるが… しかし、こうした文化は日本人から見るとちょっと奇妙に映り、人によっては厄介だと感じる場合もあります。多くの日本人、特に都会に住む日本人にとって、彼らの家は家族だけが出入りする場所なのです。アパートの隣人同士がいくら親しくても、ベトナムのようにお互いの家に出入りすることはあまりありません。日本では、主婦が玄関前で何時間も立っておしゃべりすることはありますが、お互いの家に入ることはまた一つ上の領域なのです。私の姉は日本に30年以上住んでいて近所の方々ととても親しくしていますが、彼女たちの自宅に招かれたことはたった1度しかありません。 自宅の中をあまり見せない 日本の家の様子 先ほどの話と関連しますが、私のアパートでは玄関ドアや窓を開け放っていることが多く、カーテンも日光や新鮮な空気を取り込むためにいつも開けています。近所の人に自宅内を見せるためそうする人もいます。 しかし、多くの日本の家では常にカーテンを閉め、窓もあまり開けたままにしていません。昼間は、日光を取り込むために厚手のカーテンは開けていますが、室内が見えないようにレースのカーテンなどを閉めているケースが大半です。そして、玄関が常に閉まっているのは普通です。日本の住宅街を歩いていると、そこに人が住んでいるのになぜこんなに静かなのか、不思議に思えます。ベトナム人の皆さんはこれに驚かないでくださいね。 日本人は自分の家の中を人に見せたいと思わないのです。ですから、たとえ開いている窓のそばを通りがかったとしても、室内をじろじろ見ないでくださいね。カーテンを閉められてしまうケースが多いでしょうから。しかし、これが日本人の文化であり、日本人らしさであって、決して「冷たい」わけでも「よそよそしい」わけでもないのです。 廊下での“騒音” 日本のアパート(マンション)の静かな廊下 引き続き近所付き合いの話です。アパート(マンション)の廊下を巡る生活文化についても、日本とベトナムで大きな違いがあります。 ハノイの私のアパートの玄関前の廊下では、毎日午後になると、近所の子どもたちが数人、サッカーをしたりおもちゃで遊んだり、叫んだりしています。その子どもたちが遊ぶ様子を見ているおばあちゃんが常に2、3人いる……。そういったシーンはまさに“ベトナム”です。あるおばあちゃんは「新型コロナで自粛中は周辺が静か過ぎて寂しかった。でも、家で遊ぶ子どもたちの声を聞くと、前向きなエネルギーをもらえたわ」と話していました。 以前、日本からの帰国子女である私の娘が通うハノイ日本人学校の女性教師(日本人)は「自宅アパートの廊下がうるさすぎる」と生徒たちに不平を言っていました。彼女はアパートの管理組合に繰り返し相談したのですが、状況は変わりませんでした。子どもたちが遊ぶ声が程度を過ぎると、日本人にとっては“騒音”となり、迷惑に感じてしまうのです。これは、日本人が子どもを嫌いなわけではなく、騒ぐ声の程度によるようです。 日本ではアパート(マンション)の管理規約に騒音に関する項目が盛り込まれているケースも多いです。「子どもが廊下で遊んだり騒いだりすることを禁止する」とまで書かれているかどうかは別にして、廊下や玄関ホールなど共用スペースは基本的に静かです。それは、「騒音を出さない」というのが日本人社会での暗黙のルールだからです。 あなたが部屋で多人数の宴会やカラオケで大きな音を出し続けると、「近所迷惑」となり、通報されて警察がやってくることもあります。日本では、トラブルを避けるためにこのルールをよく覚えておいてください。

    2021年11月09日

主催者

Nhà tài trợ Bạch Kim

後援

  • 在ベトナム日本国大使館
  • 国際交流基金ベトナム日本文化交流センター
  • JNTOハノイ事務所
  • 関西経済連合会
  • 一般社団法人 国際人流振興協会
  • 公益社団法人 ベトナム協会
  • NPO法人 日越ともいき支援会

協力

JASSO(日本学生支援機構)

外国人労働者弁護団

WA.SA.Bi.