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日本に長く住むあるベトナム人の大みそかとお正月

私は日本人男性と結婚し、日本に住んで長い年月がたちました。子育てをしていたころは「お正月は日本とベトナムのどちらの国にとっても大事なイベント」と娘に伝えたかったので、毎年年末には日本の伝統的なお正月の準備をして新年を祝ってきました。その習慣は、娘が大きくなった今も続けています。わが家の年末年始の様子を紹介します。〈執筆:日本に長く住むベトナム人女性〉 ※上の写真は日本の「おせち料理」 〈このページの内容〉 ・年末の過ごし方:お正月の準備 ...

2025年09月08日
  • 「正座」は日本の伝統的な座り方?

    2024年05月04日
    足を折りたたんで座る「正座」。日本の江戸時代(1603~1868年)、武士が将軍に会うときは、正座をすることで将軍への忠誠心を示しました。現代でも、茶道や華道、書道など日本の伝統文化で正座は正式な座り方とされ、日常生活でも、和室で目上の人と会うときは正座が原則です。ただし、日本で正座が広まったのはそれほど昔のことではありません。それでは、正座は日本でいつごろからどうやって広まっていったのでしょうか? この記事は5カ国語の総合メディアJAPOと共同で制作しました。ベトナムでは、JAPOのウェブサイトに毎月15万件のアクセスがあり、雑誌も毎月2万部を配布しています。TV番組もあります。 昔は「立てひざ」や「あぐら」が一般的だった あぐら かつては「立てひざ」や「あぐら」が一般的 正座は日本の奈良時代(710~784年)に中国から伝わったと言われています。しかし、長らく、正座をするのは、神様や仏様に祈るときや高貴な人にひれ伏す場合などに限られていたようです。 江戸時代(1603~1868年)までは、公的な場でも、男性も女性も片方のひざを立てて座る「立てひざ」の座り方が多かったそうです。その後、座禅(ざぜん)の座り方に近い「あぐら」という座り方(上の写真)も広まっていきます。 十二単の着物 平安時代(794~1185年)の女性貴族や宮廷で働く女性たちの姿が当時の絵に描かれていますが、彼女たちの正装は十二単(じゅうにひとえ)という着物でした。この着物は下半身の部分がゆったりし、あぐらで座ることを前提にデザインされていました。また、平安時代の女性が正座を崩した「横座り」でくつろぐ姿も当時の絵で見られます。 武士や茶道での座り方 「あぐら」をかく武士 江戸時代までは、武士も「あぐら」か「立てひざ」、「そんきょ(しゃがむ姿勢)」の座り方で座っていました。正座で座ると、足がしびれますし、立ち上がるのに時間もかかるので、周囲の人から急に襲われた場合に対応できないという事情もありました。 千利休 また、今は茶道をするときは正座が原則ですが、昔は「あぐら」でよかったそうです。最も有名な茶人である千利休(せんのりきゅう、1522~1591年)もあぐらで茶道をしていたことが、当時の絵から分かります。 正座が広まり始めたのは17世紀 将軍が正座を導入 正座が広まっていくきっかけになったのは、江戸時代(1603~1868年)の初期に将軍(しょうぐん:全国の武士のトップ)が各地の大名(だいみょう:各地の武士のトップ)や家臣(かしん:身近な部下)に会う際に、相手に正座を義務付けたことでした。 将軍はKing of Samuraiなので、自分を神格化(しんかくか)したかったのかというと、そうでもないそうです。 相手に正座をさせると、相手が立ち上がって刀で斬(き)りかかるのが難しくなります。そこで、大名や家臣たちが将軍の前で座る際、将軍を攻撃する気持ちがないことや将軍への服従の気持ちを示す作法として正座が導入されたのです。 畳の普及で正座が広まる 将軍が大名や家臣に正座を義務付けたのをきっかけに、正座文化は武家社会で少しずつ広まっていきました。しかし、当時の住居は板間だけだったので、武士といえども、座り方の主流は引き続き立てひざやあぐらだったようです。武士の間で正座がもっと定着するのは、畳が登場した江戸時代中期以降でした。 畳の登場で武士の間に正座文化が定着すると、武士と交流がある商人たちも礼儀を示すために正座をするようになりました。 学校教育でさらに広まる そして、明治時代(1868~1912年)になると、正座は庶民にも広まります。これは、明治時代以降の政府が学校の「修身(しゅうしん)」という道徳教育の科目で、外国文化との違いを強調するために、日本人の正しい座り方として「正座」を教えたからです。「正座」という呼び方もこのときに生まれました。これによって、それまではあぐらでもよかった茶道の座り方も正座に統一されていきました。 同時に、それまではお金持ちの家にしかなかった畳が庶民の家にも普及し、正座をしやすい環境が生まれました。さらに、江戸時代に大流行した脚気(かっけ)という、足の痛みを伴う病気の治療法・予防法が明治時代に確立されました。脚気にかかると足が痛くて正座ができなかったのですが、脚気が激減したことも正座の普及を後押ししました。 正座が必要な場面と座り方 正座が必要な場面 現在、「正座」は茶道や華道、書道、落語、囲碁、将棋など日本文化の様々な場面で使われています。また、和室で目上の人と対面するときには、正座が礼儀正しい座り方ですし、日本で神様や仏様に祈る場合も正座をするのが一般的です。 正座の座り方 ①はじめに、床に両ひざをつきます。 ②お尻を落として、かかとの上に乗せます。 ③足の甲を床にぺたんとつけます。これで正座が完了です。 正座をしたら、両手はひざかももの上に置き、背筋を伸ばします。男性はひざとひざの間を少しだけ(こぶし一つ分)開き、女性はひざを閉じて座ることが多いです。 正座ができないとき 足をけがしている場合や高齢で正座が難しい場合などは、相手に事情を話して足を崩しましょう。 正座のよいところ 脳が活性化 勉強するときや気持ちを引き締めるときに正座をします。正座をして背筋も伸ばすと、脳が活性化され、集中力も高まります。 正座をすると足が短くなる? 「日本人は正座をするため外国人と比べて脚が短い」と考える人がいます。確かに、正座をすると下半身の血流が悪くなるため、脚が成長しにくくなるような気がします。 しかし、現在は、正座と脚の長さには関連性はないと言われています。日本人の脚が昔と比べて長くなったのは、正座をしなくなったためではなく、食生活の変化によるものと考えられています。 まとめ 正座は奈良時代に中国から伝わったと言われていますが、普段の生活の中では広まらず、「立てひざ」や「あぐら」の座り方が一般的でした。 正座が広まり始めたのは、江戸時代(1603~1868年)に将軍が大名や家臣に正座を義務付けてからでした。その後、畳の登場で武士の生活の中でも正座が広まりました。さらに、明治時代(1868~1912年)に畳が庶民にも普及したうえ、政府が学校教育で正座を推進したため、庶民の間でも正座が一気に広まりました。 日本の伝統的な座り方とされる「正座」ですが、世間一般に広まったのはそれほど昔ではなかったのですね。 ところで、あなたは正座ができますか?私は正座が苦手です。足が痛くなりますからね。
  • マンガ・読書感想文コンクール

    2023年04月05日
    “大同生命”という日本の保険会社をつくった「広岡浅子」の伝記マンガのベトナム語版が発刊されました。このマンガを読んで感じたこと、勉強になったことを、A4・1枚程度の感想文に書いて応募してください。入賞者には賞金が渡されるほか、応募者全員にデジタルギフト券が贈られます。 このコンクールには、ベトナムと日本から計655作品の応募がありました。厳正な審査の結果、12人の受賞者が選ばれ、2023年11月に表彰式を行いました。くわしくはこちらをお読みください。 主人公は女性の実業家 このマンガは広岡浅子(1849~1919年)という19世紀の日本の実業家の生涯を描いたものです。 浅子は今から174年前にとても裕福な商家に生まれ、今の銀行のような事業をしていた大きな商家に嫁ぎます。しかし、その直後に日本では革命が起きて経済環境が大きく変わり、浅子たちの商家も危機を迎えます。 そんな中、浅子は危機を救い、新たに銀行や石炭事業を起こしたり、日本で初めての女子大学を設立したり、生命保険会社を作ったりと、大活躍します。 「男が外で働き、女は家事と子育てをする」のが一般的だった時代に、女性の実業家として活躍した浅子。その人生をマンガで楽しく読み解きます。 大同生命について 左:広岡浅子さん、右:大同生命本社ビル 大同生命は、浅子たちが創立した120年の歴史を持つ日本の生命保険会社です。中小企業向けの保険サービスを提供するほか、中小企業が抱えるさまざまな課題の解決をサポートしています。 感想文コンクール 応募できる人 ベトナム語を母国語とする人(日本に住んでいるベトナム人もベトナムのベトナム人も応募できます) 課題図書 HIROOKA ASAKO小学館学習まんが人物館「広岡浅子」ベトナム語版※電子書籍(ベトナム語)はこちらから無料で読めます。 感想文の形式 ベトナム語か日本語のどちらかで書いてください。・ベトナム語:A4・1枚以内(500~700ワード)・日本語:A4・1枚以内(1000~1400字)フォーマット・ダウンロード※このフォーマットを使ってパソコンや携帯電話で入力しても、別の紙に手で書いてもどちらでも構いません。※フォーマットには感想文のサンプル(文章例)もついています。 応募方法 ・学校や日本語センター、組合などを通じて応募する場合は、先生に作品を渡してください。・個人で応募する場合は、下記にメールしてください。kokoro.vj.2022@gmail.com 応募しめきり 2023年6月30日 審査 ・大同生命の関係者やコンクール事務局(ベトナム人、日本人)が「作品の内容を的確にとらえているか」「自分の意見・感想をわかりやすく表現できているか」などを審査します。・表彰は2023年秋の予定です。 賞金・参加賞
  • ベトナムの常識・日本の非常識_35:「はい」は1回だけ

    2023年03月28日
    あなたが職場の上司から指示を受けたとき、ベトナムでは「はい、はい、はい」と返事をするのは一般的なことです。また、目上の人には車内で助手席に座ってもらうのが普通です。ところが、日本で同じことをすると……。 「はい」と3回連続で言うのは… 失礼です 上司から仕事の指示を受ける場面を想像してみてください。ベトナムでは、あなたが何か仕事の指示を受けたとき、「はい、はい、はい」または「OK、OK、OK」と答えるでしょう。これはベトナムではごく普通の返事で、指示をしっかり理解したという証しであり、礼儀正しい表現です。 しかし、日本で「はい」を2、3回続けて言うと、相手に良い感情を持たれません。上司やお客さんから指示や依頼、説明などを受けたときは、「はい」と1回だけ答えましょう。相手の顔を見て「はい」と1回だけ言えば、「(あなたの指示や説明を)理解しました」という意味になります。日本で仕事をするときは、このことを覚えておいてください。 話す相手が上司ではなくても、日本で「はい、はい、はい」と答えるのはよくありません。ある日本語の先生が教えてくれたことですが、日本人が「Yes」または「OK」と答えるとき、「はい」は1回だけです。「はい、はい」と答えると、「相手を軽く見ている」「聞き流している」「面倒くさそうにしている」などと誤解されてしまうそうです。「はい、はい、はい」も同じです。 ですから、上司とのやり取りだけではなく、アルバイト先の飲食店でお客さんの注文を受ける場面などでも、注文に対し「はい、はい」や「はい、はい、はい」と答えるのは失礼にあたります。お客さんが気分を損ねて帰ってしまうかもしれませんので、気をつけましょう。 食べるときはおわんを手で持つ ベトナムでは、おわんをテーブルに置いてスプーンで食べるのが一般的です。はしを使う場合も、おわんを置いて食べることについて何も気になりません。しかし、日本の文化では、おわんをテーブルに置いたまま、首を伸ばしておわんに口を近付けてはしやスプーンで食べると、「行儀が悪い」と思われてしまいます。日本では、おわんを片手で軽く持ち上げて口に近付けてから、はしやスプーンで食べる方が良いのです。ただし、大きなお皿については、片手で持ち上げる必要はなく、テーブルに置いたままで大丈夫です。 私は、日本の小学校に通う娘から、給食の時間に「3つのノー」運動があるということを聞くまでこのことを知りませんでした。「3つのノー」とは、①テーブルにこぼさない ②食べ物を残さない ③テーブルの上におわんを置いたまま食べない、の3つです。 日本人には、おわんやお茶わんをテーブルに置いたまま顔を近付けて食べることはペットのような食べ方と映るのかも知れません。さらに、おわんやお茶わんを手に持つことは、お米を作っている農家の人たちへの感謝の気持ちも表しているそうです。お子さんが日本の学校に通っていたり、職場で日本人の同僚と一緒に食事をしたりする場合は、このことに注意してください。 車に乗るとき、目上の人はどの席? 日本では車に乗る時、ベトナムとは異なる座席のマナーがあります。これは多くの国に共通することかもしれません。 ベトナムでは、運転席の隣の席(助手席)は家族や親しい友人のための優先席だと考えられています。例えば、私の家族が車に乗るとき、父はいつも運転する私の隣(助手席)に座り、後部座席には母と妻と子供たちが座ります。この配置の根拠は簡単で、父は家族で最年長なので一番良い席(広々とした視界がある助手席)に座るのです。これはおそらく多くのベトナム人家庭で共通のルールになっていると思われます。 しかし、日本のルールはこれとは違います。卒業式のとき、友人と車で日本語教師を迎えに行きました。私は友人(運転手)の隣(助手席)に座っていましたが、先生の家に到着すると、いったん車から降りて先生に助手席に座ってもらい、私は後部座席に回りました。それが先生への敬意だと考えたからです。 先生は少しとまどったような顔をしていましたが、何も言いませんでした。行事が終わった後、先生から興味深い文化の違いを聞きました。日本では、目上の人やお客さんを後部座席に座らせることが多いそうです。例えば、会社の上司や先輩とあなたがタクシーで移動する場合、上司と先輩に後部座席に座ってもらい、あなたは助手席に座るのがマナーなのだそうです。日本で仕事をする人はこのことにも気を付けてください。

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  • 日本の常識・ベトナムの非常識_04:食べ物のタブー

     ベトナム人が自信をもって日本に持ち込める文化の一つに「料理」があります。でも時として、母国の素晴らしい料理が日本人にとって決してそうではない場合もあるのです。今回は私の体験を交えてお伝えしていきます。 日本で誇れるベトナム料理  「ベトナム料理、大好きです!フォー作ってくださいよ~!」ケイナさん(23歳・女性)は私がベトナム人だと知った途端、そう話しかけてくれました。ケイナさんはまだ若いこともあって海外旅行は未経験でしたが、ベトナム料理が非常に魅力的な料理であることを知っていたのです。彼女は「フォーや春巻きなどが好き」とのことでした。  今年3月、福岡市にある九州大学で国際交流を深めるための料理コンテストが開催されました。各国のチームはそれぞれ「自国の郷土料理」3品を出品し、味はもちろん、その料理を通じて“多様な文化”を表現することが、審査の最優先基準とされています。  ベトナムチームは当初から優勝候補チームの一つに挙げられていました。20近いチームが参加する料理コンテストで「強豪」と呼ばれる背景には、昔から多くのベトナム人たちが旅行カバンの中に「自国の料理に対するプライド」も詰め込んで来るからだと言われています。  しかし……、“桜の国・日本”では、我々ベトナム人にとって当たり前の料理でも、彼らがすべてを受け入れてくれるわけではない、ということを知っておく必要があるのです。  ある時私は九州大学の外国人学生支援センターに勤めている女性に、「ベトナム人は『Tiết canh vịt』-『アヒルの生血のよせ物』や『Đuông dừa』『ヤシの木で生息する幼虫』という食文化がある」と話しました。それを聞いた時の彼女の驚きの顔を、今でもハッキリと覚えています。日本人は人とのお付き合いで“気配り”ができる、と世界的に有名です。彼らは難しい要求に対して「できない」とハッキリ断ることが苦手で、その代わりに「検討する」と応えることが多いといいます。ところが、彼女は「幼虫を食べる」という話を受けて「食べない」と一言。そして「虫を食べるの?」と聞いてきたのです。私からすると、日本料理で「躍り食い」という生きたまま食べる料理は信じられませんが、彼らにとって「幼虫を食べる」ことは、ベトナム人の感覚とは異なり受け入れがたいことのようでした。 © Việt Nguyễn 日本では“受け入れがたい料理”、“禁止されている食べ物”  前述した幼虫の話と似ていますが、ベトナム語講師のMei Mei(メイメイ)さんによると、彼女の日本人の生徒さんたちにとって北部ベトナムで一般的な「蛹(さなぎ)料理」は、鳥肌が立ってしまうほどゾッとする料理である、といいます。ただ、食卓に蛹が並ぶ光景にゾッとしてしまう感覚は、犬肉や猫肉と比べればまだマシであるらしいのです。  私が知り合いの鉄平さんから偶然聞いた話です。鉄平さんには韓国人のガールフレンドがいて、その彼女から「韓国人は犬肉を食べる」と聞いた時、お互いの文化や感覚の不一致を感じたそうです。鉄平さんは、ベトナムでも犬肉や猫肉を食べることを知って更に驚きました。国によって食文化が異なることを十分理解している人ですが、彼にとって犬や猫はペットであり、食べ物であるとはどうしても認めることができないのです。  その逆もあります。日本人にとっては古くから親しまれ一般的であるものでも、私たちベトナム人にとって受け入れがたい食べ物だって少なからずあるのです。それは「納豆」です。発酵した大豆を使った食べ物ですが、ネバネバとした粘り気と、そのにおいには耐えがたいものがあります。一度鼻先に近づけてみれば、台湾の「臭豆腐」にも似た臭いを感じます。日本の食卓に並ぶ納豆はとても一般的な食べ物で小学校の給食にも登場します。しかし、納豆を食べた多くのベトナム人の友人たちからは「納豆は腐った味がする」と聞かされました。  納豆はベトナム人にとって受け入れがたい食材の一つですが、今後みなさんも理解しがたい、受け入れがたい食べ物に遭遇するかもしれません。生きたまま、かつまだ動いているもの(「イカの踊り食い」や「カエルの活け造り」、「馬刺しなど)のような…。ただ、それらは日本人が一般的に食べるものなので、怖い物ではありません。しかし、ベトナム人の食文化にどうしても合わない食べ物は無理に食べなくても良いと思いますよ。日本の食文化とも上手にお付き合いしましょう。

    2020年04月24日

  • 日本の常識・ベトナムの非常識_03:生卵を食べる!?

     皆さん、日本人が生卵を食べるところを初めて見た時、どう思いましたか?驚きませんでしたか? 私はすごくビックリしました。  なぜ日本人は当たり前のように菜生卵を食べるのかな?卵を生で食べるのは、おかしいじゃないの?新鮮な卵なら生で食べても平気ってこと?なぜ日本人って生卵を食べるの?生で食べて美味しいの?日本人が生卵を食べることをずっと疑問に思っていました。  ベトナムで生卵を食べないのは、食中毒のリスクを懸念していることもありますが、もともと生卵はもちろん、生ものを食べる習慣がなかったことが主な理由として挙げられます。私は半熟卵が好きで、ベトナム人はもちろん外国人でも半熟卵を好きな人は沢山いると思います。でも、日本の文化はこよなく愛しているのに生卵を食べる日は来ないと思っていました。  ある日、日本人の友達と飲み会に行った時のことです。参加していた日本人の一人が生卵を美味しそうに食べるのを見て、私にも生卵を食べる勇気がわいてきました。食べてみたら、私が思っていたよりとても美味しくて、結局のところ生卵の恐怖に勝ち、凄く嬉しかったです。皆さん、どうですか?1度でいいですから生卵を食べてみませんか? 皆さんだけにしか感じられない興味深いものがあり、きっとあなたが思っているより美味しいですよ。

    2019年12月11日

  • ベトナムの常識・日本の非常識_02:写真の撮影・公開の注意点

     今年の夏、会社の日本人の友達とバイクツーリングしました。ルートは東京から伊豆までで、待ち合わせ場所は海老名サービスエリア(SA)でした。  最近私は、バイクだけではなく撮影にもはまっています。その日、早くSAに着いたので、待っている間にカメラを取り出して写真を数十枚撮りました。しばらくして友達が着き、コーヒーを飲みながら今撮影した可愛い女子と遊ぶ子供の写真を見せたら、かなり注意されました。なぜかと言うと、日本では知らない人を許可なしで取ってはいけないからです。  写真を撮っただけで厳しく叱られたのは初めてで、ちょっと理解できませんでした。しかしその日の夜、旅館に着いてそのことを調べてみました。すると、ベトナムと違い日本にはかなり厳しい規制がありました。  ベトナムでは、知らない人を無許可で写真・録画していいのか?  結論は、撮ってはいけません。法律上では、人は誰も自分の肖像権を持っており、他の人が自分の肖像を勝手に使ってはいけないと決められています。例えば、無許可で撮影・録画した素材を販売したりSNSに載せることは禁じられます。  しかし、ベトナムでは守られていません。仕事している人、可愛い女の人、遊んでいる子供など、顔がはっきり映った写真がそのままSNS等に投稿されています。それが、それほど大きなトラブルになっていません。ベトナム人は、自分の肖像権についてあまり認識していないのかなと思います。むしろ、カメラを向けたらニコニコしながらポーズを取ってくれる人が結構いました。  「肖像権」って何?どうすれば侵害行為にならないの?と聞きたくなりますね。調べましたら、「みだりに自己の容ぼう等を撮影され,これを公表されない権利」です。知らない人の顔が特定される写真を許可なしで撮ってはいけなくて、その写真を公開してもいけません。写真を撮らせてほしいことと写真の使い道を説明し、了承をもらうことです。  一方、日本ではそうはいきません。最悪の場合は訴えられたり、高い肖像権の権利侵害と認められたら高い賠償金を科せられます。一般的には数十万円、高い時は1000万円まで取られるケースもあるそうです。  どうしても知らない人が写ってしまう場合はどうしたらいいのでしょう。田舎や風景は人が写らないように撮影できますが、人がいると難しいです。日本の街は人がたくさんいますので、どうしても写ってしまいます。その場合は、人物が特定でくるかきないかが大きなポイントです。人物が特定できない写真を撮ればいいのです。  また、飲食店で、飲み物やお料理、店内の撮影はいいのでしょうか。基本的に問題がありません。食べ物には著作権がないためです。お店によっては撮影を禁止していますので、マナーとしては店員さんに一声かけてから撮影するのがお勧めです。  まとめますと、写真や映像の撮影は、人物が特定できないように、特定できる場合は許可をもらうように、店舗では店員に一言声をかけるようにしましょう。在日ベトナム人の中にも腕の良いカメラマンが結構いますが、撮影に関係するマナーや法律知識は少ないと思います。私も例外ではありませんが(笑)。くれぐれも注意して、楽しく、トラブルのない撮影をしましょう!【チャンアントゥン】

    2019年11月20日

  • ベトナムの常識・日本の非常識_01:セクハラ

    VAIJ Nguyễn Trọng Dũng  来日して約10年、学生の時からアルバイトも含め様々な仕事をしてきましたが、最近職場で驚くことがありました。それは女性社員と話をしていた時のこと。「最近太った」と話していたのでその会話に加わったら、「それって、セクハラですよ」と、言われたのです。  来日して約10年、学生の時からアルバイトも含め様々な仕事をしてきましたが、最近職場で驚くことがありました。それは女性社員と話をしていた時のこと。「最近太った」と話していたのでその会話に加わったら、「それって、セクハラですよ」と、言われたのです。  そんなことで?と不思議に思い、どんなことがセクハラになるか聞いてみました。すると、体重や年齢を聞くことやボディータッチなど、ベトナムでは日常的なコミュニケーションといえるようなものばかりでした。学生だったころ、アルバイト先の女性に「若くてかわいい」と外見をほめたところ、それを注意をされたことがありました。  ベトナムでは、相手の年齢によって言葉遣いを替えます。自分より年上か年下かで相手を呼ぶ時の言葉も変わりますから、初対面でも相手の年齢を確認し、お互いの関係性をはっきりさせる慣習があります。外見に対する感想を述べたとしても、不快に思われることはまずありません。  しかし、男女間のコミュニケーションに寛容なベトナムでも近年、「職場でのセクハラに対する行動規範」が発表されました。どのような行為がセクハラに当たるか、6項目ほど記されています。今後、ベトナムも日本のように人の言動に厳しい国になっていくのでしょうか。 最近では、職場で何気なく発していた言葉も、一度考えてから話すようになりました。窮屈に感じることもあります。寛容だった母国が一般的なセクハラの定義によって不自然に変容していくのは、少し寂しい気持ちになります。

    2019年11月01日

  • 「おせち料理」ー日本の伝統的なお正月料理

    【Collaboration blog】 もうすぐ日本の正月(1月1日)ですね。日本人が正月に食べる伝統料理を「おせち料理」といいます。おせちにはたくさんの種類の料理があり、その多くに意味や願いが込められています。代表的なおせち料理について紹介します。 私は現在、大阪大学大学院に留学中で、これまでに2回、日本の正月を経験しました。1回目は日本人の友人から実家に招いてもらい、ご家族と一緒に立派なおせち料理をいただきました。おいしい日本のおせち料理を皆様にも知って頂きたいと思います。 おせち料理とは おせち料理を入れる重箱 おせち料理(おせち)とは日本人が正月に食べる伝統料理で、少し豪華です。昔の日本人は皆、おせちを自分で作ったそうですが、今はスーパーマーケットやインターネットで購入する家庭も多いです。メインのおせちは購入し、自分ではサイドメニュー的なものだけを作るというケースも多いそうです。 おせち料理は「重箱(じゅうばこ)」に詰めます。重箱は箱形の器で、食べるとき以外は積み重ねて最上段にふたをします。重箱には「めでたさを重ねる」という意味があります。昔は5段重ねが主流だったそうですが、最近は2、3段のものが多いようです。 ネットショップ楽天市場の「おせち特集」より ちなみに、私は日本で最初の正月に友人宅から帰宅後、ネットでおせちの値段を調べてみたところ、結構高いのでびっくりしました。技能実習生や留学生にはなかなか手が出ない値段でしたが、数人でシェアするのなら一緒に買うことができますね。 おせちの意味と由来 おせち料理の語源は「御節供(おせちく)」で、元旦や年5回の節句の日に神様にお供えする食べ物のことでした。節句の日(節日:せちにち)にお供えを作る習慣が江戸時代に庶民に広がり、節日の中でも一番大切な元旦に特に豪華な食事をお供えし、みんなで食べるようになりました。 また、お正月に主婦が休めるように、おせちには保存が利く味の濃い料理が多く含まれるようになりました。 素材や料理に込められた意味 おせち料理の特徴は料理の種類が多いことです。そして、それぞれの料理や素材に意味が込められています。その意味を見ていきましょう。 黒豆(くろまめ) 黒大豆を甘く煮込んだ料理です。日本では、絶えず働くことを「豆に働く」と表現します。黒豆には「一年中元気で働けるように」という願いが込められています。 また、昔の日本では屋外で働く人が多かったこともあり、「黒く日焼けするほど元気で勤勉に働けますように」という願いも込められていたそうです。 数の子(かずのこ) 数の子はニシンの卵を調味液に漬けた料理です。たくさんの卵のかたまりなので、「子孫繁栄」の象徴とされています。コリコリという歯ごたえがあります。 田作り(たづくり)=ごまめ 乾燥したカタクチイワシの稚魚をフライパンで炒めた後、しょう油・砂糖・みりんをからめた料理で、子どもにも人気です。 昔の日本では、干したイワシが田畑の高級肥料として使われたため、水田の土を作る魚という意味で「田作り」と呼ばれるようになりました。豊作を願う意味でおせち料理に入れられています。地方によっては「ごまめ」とも呼ばれています。 たたきごぼう ゆでたゴボウを包丁の背やすり棒などでたたいて繊維をほぐしてから縦に割り、4、5cmの長さに切り分けます。その後、味付けしたすりごまと混ぜ合わせます。 ごぼうをたたいてから開く(割く)という料理法から「開運」につながるとされています。また、ゴボウは地中深くに伸びることから、しっかり根をはって繁栄するようにという願いが込められています。 祝い肴三種(いわいざかな・さんしゅ) ここまでに「黒豆」「数の子」「田作り(ごまめ)」「たたきごぼう」を紹介しました。これらは最も代表的なお祝い料理(祝い肴)で、関東地方と関西地方の「祝い肴三種」に含まれます。「祝い肴三種」とはおせち料理に欠かせない3品で、その組み合わせは地域によって異なります。 関東の祝い肴三種=黒豆、数の子、田作り 関西の祝い肴三種=黒豆、数の子、たたきごぼう 紅白かまぼこ 赤には「めでたさ」「魔よけ」の意味、白には「神聖さ」「清浄」の意味があります。また、かまぼこは切ると半円形になり、形が「日の出」に似ています。「日の出」は勢いや希望につながります。紅白の色合いも美しく、おせち料理の彩りとしても重宝されています。 ブリの焼き物 ブリは稚魚から成長していく過程で大きさによって名前が次々に変わるため、「出世魚」と呼ばれています。立身出世を願う縁起物としておせち料理の定番で、ご飯とよく合います。 ◆ブリの呼び方の変化(地域によって違います) 関東=ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリ 関西=ツバス→ハマチ→メジロ→ブリ 北陸=ツバイソ→フクラギ→ガンド→ブリ 紅白なます 細く切った大根とニンジンを塩でもみ、酢と砂糖で味付けします。日本では紅白の色合いがめでたいとされています。 昆布巻き 昆布(こんぶ)は「こぶ」と発音する場合もあり、「よろこぶ」に通じる縁起の良い食べ物とされています。ニシンやサンマなどを昆布で巻きます。 以上、代表なおせち料理の意味を紹介しました。販売されているおせち料理にはメニュー表がついているので、気になる料理があれば検索してみてください。 お雑煮(おぞうに) お正月におせちと一緒に食べる汁物を「お雑煮」といいます。汁の中に餅(もち)が入っています。お雑煮の汁は「吸い物」や「白みそのみそ汁」など、地域や家庭によって種類が変わります。また、香川県では餅の中に甘いあんが入っています。 まとめ 「黒豆」「数の子」「田作り(ごまめ)」「たたきごぼう」といった代表的なおせち料理を始め、いくつかのおせち料理の内容や意味とお雑煮について紹介しました。 ところで、友人宅でいただいたおせち料理の中で私が一番よく食べたのは「黒豆」でした。ベトナムの「チェー・ド・デン(黒豆のチェー)」より甘かったです。数の子やエビ、他の海鮮もおいしかったですが、味付けが「少し甘過ぎる」と感じました。しかし、酸っぱい紅白なますと交互に食べると、ちょうどよい加減でした。 また、興味深いことを発見しました。それは、メニューにハムが入っていたことです。昔のおせちにはハムはなかったと思いますが、伝統料理も時代とともに変わっていくのですね! あなたにも日本のおせち料理を食べる機会がありますように!

    2021年12月21日

  • 日本とベトナムで年末年始はどう違う?

    1か月前に日本にやってきたお正月(テト)は、もうすぐベトナムにやってきます。日本人とベトナム人で年末年始の過ごし方はどう違うのか?またどんな考え方が同じなのか?この機会にまとめてみました。 同じ点 ベトナムのテトは、親しかった故人や先祖のことを想う機会でもあります。この文化はベトナム人だけでなく日本人も同じです。 日本人は大みそかには家族で集まります。大みそかに食べる食事は比較的控えめで、ベトナムのように豪華にしない家庭が多いです。多くの家では“年越しそば”という麺料理を食べます。料理の名前が示す通り年を越す=長生きするという意味合いが込められています。ただ最近では、大みそかにごちそうを食べる家庭も増えています。 日本にも“年を重ねる”ということを祝う文化があり、神社やお寺に初詣に行き、おみくじを引きます。年始には黒豆やレンコンなど縁起の良いとされる食材の料理を食べます。「なぜレンコンを食べるの?」と思う人もいると思いますが、レンコンには多くの穴が空いていて、そこから“先(将来)が見通せる”という意味合いがあると信じられているのです。またニシンの卵であるカズノコは“子宝に恵まれる”という縁起もので、年始にはそれにあやかろうと食べる文化があるのです。 元旦に初詣に向かう行列 年越しそば 私の友人には「ベトナムのテトが世界的にユニークなのは、タオ クアン(ベトナムのテレビ番組)があるからだ」と冗談めかして言う人が多いのですが、残念ながらそれは間違っています。日本にもタオ クアンと同じく毎年大みそかに“紅白歌合戦”という番組があり、年越しの象徴ともいえる番組になっています。 違う点 ベトナムのテトでは、各地方から大都市へショッピングのために人がどっと押し寄せます。また各省(日本でいう「県」にあたる)から会議やパーティー、賀詞交換会に出席するために都市部に集まるのが恒例となっています。そのため大都市であるハノイやホーチミンの道路は大渋滞となり、市民の悩みの種になっています。 日本では、お正月に混雑するのは大きな神社の周辺など一部の限られた場所のみで人々の生活に大きな支障を来すほどではありません。ただ、年末にはお世話になった人に“お歳暮”を贈る文化があり、そのため年末にはお歳暮を買い求める人で小売店は混雑し、配送業者は大忙しとなります。 また、都市の大きな駅ではいつもと比べて人出が多くなります。しかし、みな整然と列に並ぶなど秩序ある行動をとるので「年末年始はこれだから…」とうんざりすることはほとんどありません。 テトのテーフック橋 ベトナム人の多くは、テトとなると“美しさと独特さ”の両方を兼ね備えた盆栽を入手したり高価なワインを何本も買ったり、家の修繕や新しい家具を揃えたりします。誰もがテトの間にもてなす客のために広々としたキレイな客間にしたいと思うためです。 対照的に日本は、年始は静かで簡素なおもむきがあります。お正月の準備はお節料理と門前に飾る“門松”や“しめ飾り”を用意するぐらいの出費しかありません。門松は“門前の松”と書き、三本の竹を中心にして周囲に松の枝を配置し、その下を藁で巻いた形が一般的です。新年、門前に門松を立てることで先祖や神様を迎え入れるという意味合いがあります。またしめ飾りには魔除けの意味合いがあり、両方とも精神的に非常に重要な意味のある飾り付けなのです。 テトのハノイ。みな国旗を揚げている 門前に飾るしめ飾り もう一つベトナムと大きく違う点は服装です。ベトナム人はテトになると、ここぞとばかりに着飾ります。子どもたちには新しい服を買い与え、男性はスーツ、女性はいつも以上にオシャレをします。日本人も一部の人は和服を着てお正月の雰囲気を出しますが、多くの人は正月だからといって服を新調して着飾ることは少ないです。この違いは両国にとって“年始”というものの意味合いが根本的に違うからだと思います。ベトナムではテトはいわば“春の訪れ”ですが、一方日本の正月は“1年で最も寒い時期”にあたります。そのため日本人の正月はオシャレよりも防寒を優先する服装になる、という一面があります。 テトではいつもより着飾る また新年のあいさつの方法も両国で異なります。日本人はよく新年になる“前”に年賀状というハガキを書いて友人や親族に送ります。年賀状は旧年の12月25日ごろまでに郵便局やポストに投函すると元旦に相手に届きます。それより遅い28日ごろ以降に出すと1月3日か4日ごろに届くことになります。この素敵な日本の文化は主に年配の世代間で続けられています。若い世代はSNSやメールなどで新年のあいさつを済ませることが多いようです。 年賀状 一方、ベトナム人は新年になるまでテトの“あいさつまわり”は待たなければなりません。(ベトナム人なら常識ですが)テトのあいさつまわりは、知り合いの家から家へ渡り歩くとても楽しく盛り上がる行事なのです。こういった光景は最近の日本ではほとんど見かけません。その理由は、日本人にとって正月とは“休み”であり“家族と過ごす時間”でもあるからです。もし正月のあいさつまわりをするとしても、それは家族・親族の間だけの規模の小さいものなのです。 テトを家族で祝う(ハノイ) ベトナムの大みそかは花火を上げたりカウントダウンをしたり、年が明ければハイ ロック(お寺や神社の枝を摘み取って持ち帰ること)や寺院でお香を焚いたりお供え物を捧げたり…。一方日本の年越しは旧年と新年の2年にまたがって“除夜の鐘”というお寺の鐘を108回打ち鳴らします。人が持っているといわれている108の煩悩(ぼんのう)を和らげ、取り払うと信じられています。同時に旧年を送り新年を迎える意味合いもあると言われています。多くのお寺では一般の参拝者も鐘を鳴らすことができます。 除夜の鐘を鳴らす参拝者 Thạch Long

    2021年01月29日

主催者

Nhà tài trợ Bạch Kim

後援

  • 在ベトナム日本国大使館
  • 国際交流基金ベトナム日本文化交流センター
  • JNTOハノイ事務所
  • 関西経済連合会
  • 一般社団法人 国際人流振興協会
  • 公益社団法人 ベトナム協会
  • NPO法人 日越ともいき支援会

協力

JASSO(日本学生支援機構)

外国人労働者弁護団

WA.SA.Bi.