わたしの体験

今回の先輩

レ・ヴァン・タンさん
  • 2011年レティファ高校卒業〈ラムドン県〉
  • 2011年ドンズー日本語学校入学〈ホーチミン〉
  • 2012年盛岡情報ビジネス専門学校日本語学科入学
  • 2014年大阪YMCA日本語学校進学準備コース入学
  • 2015年茨城大学工学部入学
  • 2019年茨城大学卒業
  • 2019年株式会社越設立〈茨城県〉

〈1993年生まれ、ラムドン省出身〉

日本での大学時代に通訳のアルバイトをたくさん経験したタンさん。通訳業務を通じてできた人脈や知識を活かして大学卒業と同時に会社を設立し、ベトナム料理店を開店した。就職せず起業するに至ったプロセスを紹介する。

一流大学に合格、選んだのはドンズー

ドンズー日本語学校の後輩たちと〈ホーチミン市で2012年〉

高校3年のときに学校の留学説明会でドンズー日本語学校のことを聞きました。米国留学には莫大な費用がかかりますが、ドンズーから日本に留学する場合、「訪日前の費用はあまりかからず、訪日後も、米国より授業料が安く、生活費もアルバイトである程度まかなえる」とのことでした。先生からドンズー出身の実業家も紹介してもらい、その人に会って話も聞きました。

私はホーチミン自然科学大学 (Trường Đại học Khoa học Tự nhiên - Đại học Quốc Gia TP.HCM)にも合格しましたが、ドンズーに進みました。ドンズーでは、留学後の心構えとして「お金を稼ぐのは社会人になってから。学生の間は勉強中心」と教えられました。

日本の日本語学校の選び方

大阪YMCAでベトナム人仲間と〈2015年〉

ドンズーで1年間勉強し、2012年10月に岩手県盛岡市の日本語学校に入りました。ここで1年半学んで秋田大学を受験しましたが、不合格。そこで、大阪YMCA日本語学校で浪人生活を送りました。

大阪YMCAに転校した理由は、ベトナム人の少ない環境で勉強したかったのと、日本語以外の授業も充実していたからでした。盛岡ではクラス11人中9人がドンズー生で、アパートにもドンズー生が18人固まって住んでいました。一方、大阪では留学生40人のうちベトナム人は6人で、クラスメートとの共通言語が日本語になりました。また、大阪では数学、化学、物理の授業も充実していました。1年後、私は3つの国立大学に合格し、茨城大に進みました。

アルバイト面接を確実に受ける方法

盛岡でのアルバイトは主に新聞配達でした。午前3時に起きて自転車で300部を配ります。夏は1時間15分で終わりますが、冬(11月~3月)の雪の日は路面が凍り、自転車がすべって転倒するので大変でした。転倒して新聞が路面に散らばってぬれると、店に新しい新聞を取りに帰ります。このため、雪の日の配達は平均3時間かかりました。しかも、盛岡の朝は寒く-15℃の日もありました。

新聞配達には会話がなく、周りに気をつかわない点は楽ですが、日本語も上達しません。そこで、大阪では人と接するバイトを探し、牛丼店とコンビニで働きました。牛丼店は先輩からの紹介で、コンビニについては独自の方法で採用してもらいました。その方法を紹介します。

大学の学園祭(フォー店)の準備。アルバイトも学校生活も充実〈2016年〉

まず、写真付きの履歴書や在留カードのコピー(両面)などの必要な書類をしっかり準備した上で、「アルバイト募集」のはり紙がある店にアポなしで入り、店長らしい人を探して声をかけます。「はり紙を見ました。アルバイトをさせていただけませんか?」。たいていは「履歴書を郵送してください」と言われますが、その場で履歴書などを渡せると、良い印象を与えられて、そのまま面接をしてもらえる場合があります。そして、採用してくれる確率も高くなると思います。

私はこの方法で、大阪でコンビニに採用され、茨城でもロッテリアとコンビニに採用されました。ロッテリアの場合は、求人情報誌で募集を知ったのに、電話をせず店に直接行って採用されました。当時、留学生仲間は求人情報誌を見て電話をかけまくるのが通常でしたが、その場合は「100件電話して10件面接、1件合格」が相場でした。

人生を変えた通訳アルバイト

観光ガイドの仕事で観光客たちを迎えに関西空港へ〈2014年〉

大阪では観光ガイドもしました。大阪・京都・神戸の観光地や店でベトナム人観光客のガイド兼通訳をしたのです。旅行会社に勤めるドンズーの先輩からの依頼で、茨城に移ってからも東京などの案内をしました。

観光ガイドで通訳をかじった私は大学2年のときにもう少し本格的な通訳を始めました。最初は、大学の先輩ベトナム人の紹介で、大きなホテルでのバイトでした。このホテルにはベトナムからの団体客も多く、朝食時に通訳兼ウェイターが必要だったのです。場所が遠いので1年半でやめましたが、通訳の手始めとして最適でした。

また、この年には留学生の就職支援をする会社でも働きました。その仕事を通じて茨城県庁や茨城県観光物産協会などの方々と知り合い、役所などの公的機関から通訳の依頼を受けるようになりました。例えば、ベトナムから茨城県にバイヤーを招いて酒造会社の見学会を行うといった場合、朝から晩まで通訳をします。報酬は1日30,000円~40,000円になることもあります(安い仕事もあります)。そして、見学会後に企業間の個別取引が始まると、メールや書類の翻訳、打ち合わせの通訳などを企業から依頼されることもありました。

開始年 終了年 通訳などのアルバイト 報酬・謝礼
2014 2016 観光ガイド 20,000円以上/日
2015 2016 ホテルでの通訳 1,500円/h
2015 2016 技能実習生への日本語講習 10,000円~15,000円 / 日
2015 継続中 ビジネス関連の見学会、商談、行政の会議など
(公的機関や企業からの依頼)
最高40,000円/日
(安い仕事もある)
2016 継続中 警察などの通訳 6,300~6,600円 / h
※遠隔地の場合は交通費も
2017 2018 法律関係書類やビジネス書類、広告などの翻訳 内容次第

コン・フォン選手の通訳も担当〈2016年〉

こうしてビジネス現場に関わるようになった私はビジネスに興味を持ち、ビジネスの勉強会にも参加するようになりました。そこで知り合った経営者たちの影響を受け、卒業と同時に起業する大きなきっかけになりました。

ちなみに、「ベトナムのメッシ」と呼ばれるサッカーのベトナム代表、グエン・コン・フォン選手が2016年に茨城県内のプロサッカーチームでプレーした際には、インタビューなどで十数回、彼の通訳を担当しました。県庁関係者の紹介でチームから依頼された仕事でした。

取り調べ通訳

県庁の仕事以外に、大学の先輩の紹介で茨城県警や水戸地方検察庁の通訳もしました。在留ベトナム人が増え、残念なことにベトナム人の犯罪も増えました。ベトナム人が逮捕されて警察や検察の取り調べを受ける際、通訳が必要です。担当した中で一番多いのはオーバーステイで、次は万引きです。

ある殺人事件では容疑者や参考人が多く、5人で通訳を分担しました。この事件では、取り調べが1日8時間に及ぶこともざらでした。取り調べ通訳は普通の通訳の何倍も疲れるので、8時間もやるとくたくたです。また、深夜や早朝の通訳もあります。容疑者が夜に逮捕されると、深夜に警察に呼び出されて通訳をします。また、容疑者を早朝に任意同行したり逮捕したりする場合、夜明け前に容疑者宅付近に集まり、夜が明けてから逮捕するのが通例です。捜査官が相手に氏名を確認したり逮捕の理由を伝えたりする際に通訳が必要です。

ベトナム人コミュニティ

私の店で行った無料相談会(左から相談者、私、弁護士)〈2020年10月〉

大学時代、Facebookグループで地元ベトナム人を集めて一緒に遊びに行ったり、監理団体のアルバイトで知り合った技能実習生から困りごとの相談に乗ったりするなど、地域のベトナム人コミュニティへの関与を心がけました。そんな中、2019年に筑波大学医学部のカン准教授から持ちかけられ、一緒に茨城県ベトナム人協会の設立を準備しました。協会の最初のイベントは2020年1月のテト(旧正月)の祝賀会で、約200人が参加しました。この年の主な活動は以下の通りです。

  • ・Facebookで新型コロナなどの情報を発信
  • ・新型コロナで生活に困っているベトナム人への食料支援
  • ・写真撮影大会
  • ・サッカー大会(約20チーム参加、2回)
  • ・バレーボール大会(8チーム参加)
  • ・弁護士を招いて無料相談会(7月~12月に計6回)

最小費用でベトナム料理店開店

ベトナム料理店123Dzô〈2020年〉

ビジネス勉強会で親しくなった経営者には飲食業界の人も多く、影響を受けました。また、専門学校や大学の学園祭で提供したベトナム料理が人気だったこともあり、ベトナム料理店の経営が私の目標になりました。そこで、大学3年だった2017年から、日本人と結婚しているベトナム人女性が立ち上げたフォー店の運営をサポートし、レシピを作ったりチラシを配ったりしました。

2019年に女性は家庭の事情で経営から退き、この年に大学を卒業した私が店を継ぎました。私は店の運営会社を設立して同年8月、店を別の場所に移してベトナム料理店「123Dzô(モッハイバーヨー)」を開きました。場所はJR水戸駅から約1㌔の幹線沿いで、店名はベトナムでの乾杯のかけ声です。

店内ではベトナムの食品や調味料も販売

店舗は2階建ての一軒家です。前のテナントの居酒屋が残していった備品があり、次のようなコストが浮きました。

  • ・業務用エアコン3台(新規購入なら400万円以上)
  • ・料理を1階から2階に上げる機械(同300万円以上)
  • ・業務用冷蔵庫
  • ・業務用冷凍庫
  • ・厨房設備一式

また、私は日曜大工が好きなので、内装も自前でやりました。1人でできない部分は、教え子の技能実習生たちが手伝ってくれました。こうして、一からそろえると約6,000万円かかる店の準備費が計数十万円で済みました。経営は順調で、お客さんは日本人とベトナム人が半々です。将来は、営利度外視の日本語学校を日本で設立し、多くのベトナム人留学生を大学に進学させるのが夢です。

留学生時代の生活費

大学4年のときに勤務先のフォー店で知り合った妻と結婚〈水戸市で2019年〉

最後に私の留学時代の生活費について紹介します。

◎学費

・大阪の専門学校:入学金100,000円、年間授業料660,000円

・茨城大学:入学金282,000円、学費免除(4年間)

◎奨学金など

・茨城大学の育成奨励金:40,000円×10カ月(大学1年)

・筑波銀行の奨学金:50,000円×1年(大学2年)

・ニトリの奨学金:110,000円×2年(大学3、4年)

奨学金は、大学からの紹介以外にJASSOのウェブサイトにまとめがあります。私は1年で5、6件応募したこともあります。奨学金を目標に勉強もがんばりました。

私の家計簿(1カ月の平均)

※大学3~4年のとき※100円=22,148ドン(2021年1月11日現在)

収入(合計約260,000円)
似鳥国際奨学財団の奨学金

110,000円

警察などの通訳

約150,000円

支出(合計約113,000円)
家賃

18,000円

※3人暮らし(1人分の分担額)

授業料

免除

光熱費

10,000円

※水道・電気・ガスの合計(1人分)

インターネット

なし

※自宅では使わなかった

携帯電話

5,000円

※Y-mobile

食費

40,000円

※昼食は学食で、朝夕は自炊

マイカーの維持費

30,000円

※ガソリン、保険、メンテナスなど

雑費

10,000円

※ビジネス勉強会参加費など

毎月の差額・貯金(約147,000円)
貯金

約147,000円

今回の先輩

Lê Văn Thành(レ・ヴァン・タン)さん
  • 2011年レティファ(Le Thi Pha)高校卒業〈ラムドン〉
  • 2011年ドンズー日本語学校入学〈ホーチミン〉
  • 2012年盛岡情報ビジネス専門学校日本語学科入学
  • 2014年大阪YMCA日本語学校進学準備コース入学
  • 2015年茨城大学工学部入学
  • 2019年茨城大学卒業
  • 2019年株式会社越設立〈茨城〉

〈1993年生まれ、ラムドン省出身〉タンさん

日本での大学時代に通訳のアルバイトをたくさん経験したタンさん。通訳業務を通じてできた人脈や知識を活かして大学卒業と同時に会社を設立し、ベトナム料理店を開店した。就職せず起業するに至ったプロセスを紹介する。

一流大学に合格、選んだのはドンズー

高校3年のときに学校の留学説明会でドンズー日本語学校のことを聞きました。米国留学には莫大な費用がかかりますが、ドンズーから日本に留学する場合、「訪日前の費用はあまりかからず、訪日後も、米国より授業料が安く、生活費もアルバイトである程度まかなえる」とのことでした。先生からドンズー出身の実業家も紹介してもらい、その人に会って話も聞きました。

私はホーチミン自然科学大学 (Trường Đại học Khoa học Tự nhiên - Đại học Quốc Gia TP.HCM)にも合格しましたが、ドンズーに進みました。ドンズーでは、留学後の心構えとして「お金を稼ぐのは社会人になってから。学生の間は勉強中心」と教えられました。

ドンズー日本語学校の後輩たちと〈ホーチミン市で2012年〉

日本の日本語学校の選び方

ドンズーで1年間勉強し、2012年10月に岩手県盛岡市の日本語学校に入りました。ここで1年半学んで秋田大学を受験しましたが、不合格。そこで、大阪YMCA日本語学校で浪人生活を送りました。

大阪YMCAに転校した理由は、ベトナム人の少ない環境で勉強したかったのと、日本語以外の授業も充実していたからでした。盛岡ではクラス11人中9人がドンズー生で、アパートにもドンズー生が18人固まって住んでいました。一方、大阪では留学生40人のうちベトナム人は6人で、クラスメートとの共通言語が日本語になりました。また、大阪では数学、化学、物理の授業も充実していました。1年後、私は3つの国立大学に合格し、茨城大に進みました。

大阪YMCAでベトナム人仲間と〈2015年〉

アルバイト面接を確実に受ける方法

盛岡でのアルバイトは主に新聞配達でした。午前3時に起きて自転車で300部を配ります。夏は1時間15分で終わりますが、冬(11月~3月)の雪の日は路面が凍り、自転車がすべって転倒するので大変でした。転倒して新聞が路面に散らばってぬれると、店に新しい新聞を取りに帰ります。このため、雪の日の配達は平均3時間かかりました。しかも、盛岡の朝は寒く-15℃の日もありました。

新聞配達には会話がなく、周りに気をつかわない点は楽ですが、日本語も上達しません。そこで、大阪では人と接するバイトを探し、牛丼店とコンビニで働きました。牛丼店は先輩からの紹介で、コンビニについては独自の方法で採用してもらいました。その方法を紹介します。

まず、写真付きの履歴書や在留カードのコピー(両面)などの必要な書類をしっかり準備した上で、「アルバイト募集」のはり紙がある店にアポなしで入り、店長らしい人を探して声をかけます。「はり紙を見ました。アルバイトをさせていただけませんか?」。たいていは「履歴書を郵送してください」と言われますが、その場で履歴書などを渡せると、良い印象を与えられて、そのまま面接をしてもらえる場合があります。そして、採用してくれる確率も高くなると思います。

私はこの方法で、大阪でコンビニに採用され、茨城でもロッテリアとコンビニに採用されました。ロッテリアの場合は、求人情報誌で募集を知ったのに、電話をせず店に直接行って採用されました。当時、留学生仲間は求人情報誌を見て電話をかけまくるのが通常でしたが、その場合は「100件電話して10件面接、1件合格」が相場でした。

大学の学園祭(フォー店)の準備。アルバイトも学校生活も充実〈2016年〉

人生を変えた通訳アルバイト

大阪では観光ガイドもしました。大阪・京都・神戸の観光地や店でベトナム人観光客のガイド兼通訳をしたのです。旅行会社に勤めるドンズーの先輩からの依頼で、茨城に移ってからも東京などの案内をしました。

観光ガイドで通訳をかじった私は大学2年のときにもう少し本格的な通訳を始めました。最初は、大学の先輩ベトナム人の紹介で、大きなホテルでのバイトでした。このホテルにはベトナムからの団体客も多く、朝食時に通訳兼ウェイターが必要だったのです。場所が遠いので1年半でやめましたが、通訳の手始めとして最適でした。

観光ガイドの仕事で観光客たちを迎えに関西空港へ〈2014年〉

また、この年には留学生の就職支援をする会社でも働きました。その仕事を通じて茨城県庁や茨城県観光物産協会などの方々と知り合い、役所などの公的機関から通訳の依頼を受けるようになりました。例えば、ベトナムから茨城県にバイヤーを招いて酒造会社の見学会を行うといった場合、朝から晩まで通訳をします。報酬は1日30,000円~40,000円になることもあります(安い仕事もあります)。そして、見学会後に企業間の個別取引が始まると、メールや書類の翻訳、打ち合わせの通訳などを企業から依頼されることもありました。

開始年 終了年 通訳などのアルバイト 報酬・謝礼
2014 2016 観光ガイド 20,000円以上/日
2015 2016 ホテルでの通訳 1,500円/h
2015 2016 技能実習生への日本語講習 10,000円~15,000円 / 日
2015 継続中 ビジネス関連の見学会、商談、行政の会議など
(公的機関や企業からの依頼)
最高40,000円/日
(安い仕事もある)
2016 継続中 警察などの通訳 6,300~6,600円 / h
※遠隔地の場合は交通費も
2017 2018 法律関係書類やビジネス書類、広告などの翻訳 内容次第

こうしてビジネス現場に関わるようになった私はビジネスに興味を持ち、ビジネスの勉強会にも参加するようになりました。そこで知り合った経営者たちの影響を受け、卒業と同時に起業する大きなきっかけになりました。

ちなみに、「ベトナムのメッシ」と呼ばれるサッカーのベトナム代表、グエン・コン・フォン選手が2016年に茨城県内のプロサッカーチームでプレーした際には、インタビューなどで十数回、彼の通訳を担当しました。県庁関係者の紹介でチームから依頼された仕事でした。

コン・フォン選手の通訳も担当〈2016年〉

取り調べ通訳

県庁の仕事以外に、大学の先輩の紹介で茨城県警や水戸地方検察庁の通訳もしました。在留ベトナム人が増え、残念なことにベトナム人の犯罪も増えました。ベトナム人が逮捕されて警察や検察の取り調べを受ける際、通訳が必要です。担当した中で一番多いのはオーバーステイで、次は万引きです。

ある殺人事件では容疑者や参考人が多く、5人で通訳を分担しました。この事件では、取り調べが1日8時間に及ぶこともざらでした。取り調べ通訳は普通の通訳の何倍も疲れるので、8時間もやるとくたくたです。また、深夜や早朝の通訳もあります。容疑者が夜に逮捕されると、深夜に警察に呼び出されて通訳をします。また、容疑者を早朝に任意同行したり逮捕したりする場合、夜明け前に容疑者宅付近に集まり、夜が明けてから逮捕するのが通例です。捜査官が相手に氏名を確認したり逮捕の理由を伝えたりする際に通訳が必要です。

ベトナム人コミュニティ

大学時代、Facebookグループで地元ベトナム人を集めて一緒に遊びに行ったり、監理団体のアルバイトで知り合った技能実習生から困りごとの相談に乗ったりするなど、地域のベトナム人コミュニティへの関与を心がけました。そんな中、2019年に筑波大学医学部のカン准教授から持ちかけられ、一緒に茨城県ベトナム人協会の設立を準備しました。協会の最初のイベントは2020年1月のテト(旧正月)の祝賀会で、約200人が参加しました。この年の主な活動は以下の通りです。

  • ・Facebookで新型コロナなどの情報を発信
  • ・新型コロナで生活に困っているベトナム人への食料支援
  • ・写真撮影大会
  • ・サッカー大会(約20チーム参加、2回)
  • ・バレーボール大会(8チーム参加)
  • ・弁護士を招いて無料相談会(7月~12月に計6回)

私の店で行った無料相談会(左から相談者、私、弁護士)〈2020年10月〉

最小費用でベトナム料理店開店

ビジネス勉強会で親しくなった経営者には飲食業界の人も多く、影響を受けました。また、専門学校や大学の学園祭で提供したベトナム料理が人気だったこともあり、ベトナム料理店の経営が私の目標になりました。そこで、大学3年だった2017年から、日本人と結婚しているベトナム人女性が立ち上げたフォー店の運営をサポートし、レシピを作ったりチラシを配ったりしました。

2019年に女性は家庭の事情で経営から退き、この年に大学を卒業した私が店を継ぎました。私は店の運営会社を設立して同年8月、店を別の場所に移してベトナム料理店「123Dzô(モッハイバーヨー)」を開きました。場所はJR水戸駅から約1㌔の幹線沿いで、店名はベトナムでの乾杯のかけ声です。

ベトナム料理店123Dzô〈2020年〉

店舗は2階建ての一軒家です。前のテナントの居酒屋が残していった備品があり、次のようなコストが浮きました。

  • ・業務用エアコン3台(新規購入なら400万円以上)
  • ・料理を1階から2階に上げる機械(同300万円以上)
  • ・業務用冷蔵庫
  • ・業務用冷凍庫
  • ・厨房設備一式

また、私は日曜大工が好きなので、内装も自前でやりました。1人でできない部分は、教え子の技能実習生たちが手伝ってくれました。こうして、一からそろえると約6,000万円かかる店の準備費が計数十万円で済みました。経営は順調で、お客さんは日本人とベトナム人が半々です。将来は、営利度外視の日本語学校を日本で設立し、多くのベトナム人留学生を大学に進学させるのが夢です。

店内ではベトナムの食品や調味料も販売

留学生時代の生活費

最後に私の留学時代の生活費について紹介します。

◎学費

・大阪の専門学校:入学金100,000円、年間授業料660,000円

・茨城大学:入学金282,000円、学費免除(4年間)

◎奨学金など

・茨城大学の育成奨励金:40,000円×10カ月(大学1年)

・筑波銀行の奨学金:50,000円×1年(大学2年)

・ニトリの奨学金:110,000円×2年(大学3、4年)

奨学金は、大学からの紹介以外にJASSOのウェブサイトにまとめがあります。私は1年で5、6件応募したこともあります。奨学金を目標に勉強もがんばりました。

大学4年のときに勤務先のフォー店で知り合った妻と結婚〈水戸市で2019年〉

私の家計簿(1カ月の平均)

※大学3~4年のとき

※100円=22,148ドン(2021年1月11日現在)

収入(合計約260,000円)
似鳥国際奨学財団の奨学金

110,000円

警察などの通訳

約150,000円

支出(合計約113,000円)
家賃

18,000円

※3人暮らし(1人分の分担額)

授業料

免除

光熱費

10,000円

※水道・電気・ガスの合計(1人分)

インターネット

なし

※自宅では使わなかった

携帯電話

5,000円

※Y-mobile

食費

40,000円

※昼食は学食で、朝夕は自炊

マイカーの維持費

30,000円

※ガソリン、保険、メンテナスなど

雑費

10,000円

※ビジネス勉強会参加費など

毎月の差額・貯金(約147,000円)
貯金

約147,000円