わたしの体験

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2020年06月29日 わたしの体験

今回の先輩

Nguyễn Hương Hạnh(グエン・フォン・ハイン)さん=仮名
  • 2017年 9月 ハノイの日本語センター入所
  • 2018年 3月 訪日→入国後講習→沖縄で技能実習開始
  • 2018年 8月 実習先から失踪→各地でアルバイト
  • 2018年10月 愛知県の工場でアルバイト(1年間勤務)
  • 2019年10月 不法就労あっせんグループ摘発→アルバイト解雇
  • 2020年 4月 入管に出頭→出国待ち

〈199X年生まれ、ベトナム北部出身〉〉

はじめに

左=ハノイ市内で〈2017年〉
右=ハノイの日本語センターの寮で私の誕生祝い〈2017年〉

建築の技能実習を始めたハインさん(=仮名)。働き始めてすぐ、職場での暴力が始まった。受入組合に相談したが解決せず、暴力から逃れるために失踪。その後、不法就労でアルバイトを繰り返したが、新型コロナウイルスの影響で仕事がなくなり、入管に出頭した。失踪に至った経緯や失踪中の生活について、ハインさんが体験談を語る。また、職場で暴力を受けた場合の相談先を編集部が紹介する。

※記事中の写真にはモザイク加工を施しています。

日本へ

訪日したときの搭乗券〈2018年3月〉

私は日本語を勉強しながらお金も稼ぎたいと思い、技能実習を目指しました。少ない費用で日本に行けるプログラムに合格し、ハノイの日本語センターで2017年9月から半年間、勉強しました。日本に行くために支払った総費用は約2,500万ドンで、借金なしで訪日できました。ここまではよかったのですが、日本でつらい日々が待っていました。

※100円=21,765ドン(2020年6月21日)

職場での暴力

鉄筋

私は2018年3月に訪日しました。建築現場で鉄筋を組み立てる沖縄県の会社が実習先で、実習内容は「鉄筋施工」でした。働き始めてほどなく、職場での暴力が始まりました。私の動きが遅かったり仕事を間違えたりすると、日本人の先輩が私の頭を鉄筋でたたくのです。鉄筋は長さ60~70㌢で、ずっしりと重いです。ヘルメットをかぶっていますが、結構強くたたかれるので衝撃が大きく、頭が痛いですし屈辱で心も痛みます。

私の仕事の大半は鉄筋を運ぶことで、中には直径35㍉・長さ6㍍の重い鉄筋もありました。沖縄の猛暑の中で重いものを運び続けると、とても疲れます。また、図面を見て必要な鉄筋を必要な場所に運ぶのですが、図面を読むのは難しく、日本語が不自由で周りにも聞けなかったので、ときどき間違えました。

私が間違えると、主に30歳前後の日本人から鉄筋でヘルメットをゴンとやられ、「ばか!」「お前は頭がおかしい!」と怒鳴られます。胸ぐらをつかまれて「おらーー!」と脅されたこともあります。ほかの日本人たちも止めてはくれません。それどころか、ほかにも3人から鉄筋でたたかれました。私は解雇されてはいけないという思いで、ただ「すいません」と言うしかありませんでした。

すねを工具で強打

ハッカー

6月のある日、一緒に仕事をしていた50歳ぐらいの男性に工具ですねを強打されました。私が立って鉄筋をしばっていたとき、「座れ」と言われたのに沖縄の方言を聞き取れず、立ったままでいたからです。男性はもう一度「座れ」と言うと同時にハッカー(金属工具)で私のすねを横殴りにしました。私はあまりの痛さに悲鳴をあげました。

しばらく息もできず、すねを両手で押さえてうずくまりました。犯罪行為だと思ったので、昼休みに監理団体のベトナム人通訳にFacebookで報告し、「警察に連絡してほしい」と伝えました。ところが……。

【編集部からのアドバイス】

鉄筋で頭をたたくのは刑法の暴行罪、工具ですねを強打してけがをさせる行為は傷害罪です。こうしたことが起きた場合、監理団体(受入組合)が実習先を指導しなければなりませんし、もし解決できなければ、別の実習先を探すなど対処しなければなりません。しかし、監理団体が適切な対処をしてくれない場合は、外国人技能実習機構(OTIT)に連絡してください。下記リンクからベトナム語で相談できます。電話もあります。0120-250-168。

万一、OTITに相談しても改善されない場合は、民間の支援組織にも相談してください。例えば下記のような組織があります。

日越ともいき支援会

「頼れるところはない」と絶望

工具ですねを強打され、監理団体本部の通訳に連絡しました。しかし、その夜、寮にやって来たのは監理団体の沖縄支局長と実習先の社長の2人でした。監理団体が真剣に調べるつもりなら、実習先の会社の関係者がいない場所で通訳を入れて私に事情を聞かなければなりません。ところが、監理団体は通訳なしで実習先の社長と一緒に現れたのです。案の定、ヒアリングは数分で終わりました。「今日は何があったのか」と聞かれ、私がたどたどしい日本語で説明しただけです。社長と一緒に翌日、病院に行きましたが、警察には通報してもらえず、謝罪も補償もありませんでした。

これほどの暴力を受けても監理団体が適切に対処しなかったので、鉄筋で頭をたたかれるいじめはその後も続きました。私はときどき、仕事が終わってから寮の近くで泣きました。昼休みに現場を離れて炎天下で泣くこともありました。

暴力に耐えかね失踪を決意

私は「暴力に3年間も耐えられない。しかし、相談する人がいない」と思い詰めるようになりました。そして、不法滞在者に仕事を紹介するFacebookのページを利用しました。こうしたページは複数あり、仕事(不法就労)の紹介だけではなく偽造在留カードの売買や帰国したベトナム人から入手した銀行口座の売買などにも利用されています。

2018年8月13日、私は「今、仕事がありません。だれか私に仕事を紹介してくれませんか?」と投稿しました。その日のうちに約10人から応答がありました。仕事内容は解体や建築、工場など。私はそのうちの1グループに紹介を依頼し、指示されるままに大阪行きの準備を始めました。

関西で始まった不法滞在

那覇空港に行くために寮の近くのバス乗り場へ〈2018年8月19日〉

沖縄から大阪への飛行機代は、夏休みなので25,000円もしました。8月19日早朝、トランク1個で寮を抜け出し、バスで那覇市まで行きました。そこからは電車の乗り方が分からず、タクシーに乗ったところ、空港まで6,000円もかかりました。

沖縄から大阪へ向かう飛行機の窓から〈2018年8月19日〉

大阪の伊丹空港に到着後、グループに電話すると、乗用車で迎えられ兵庫県尼崎市内のアパートに連れて行かれました。その2室に不法滞在者が5人ずつおり、私も1泊しました。私は翌日から大阪府堺市の解体現場で働きましたが、危険な仕事だったので2週間で辞めました。手取り給料は77,000円で、そこから2週間分の寮の家賃5,000円と仕事の紹介料2万円を支払いました。

愛知県に落ち着く

愛知県の工場でフォークリフトを運転〈2019年〉

私は別のFacebookページに投稿して次の仕事を見つけ、9月6日に埼玉県に移りました。建築の仕事で、寮では、日本人2人と私と同じベトナム人の不法滞在者1人が同室でした。ここでは約1カ月間、働きました。しかし、給料が約束より少なかったので紹介者のベトナム人に抗議すると、仕事を取り上げられてしまい、尼崎市のアパートに戻りました。

その後、10月18日に愛知県で面接を受け、翌日から働き始めました。自動車の部品を検査する工場で、仕事の紹介料は8万円でした。グループは私の偽の在留カードを作って会社に見せ、アルバイトとして採用させました。

同室のベトナム人6人で寮で飲み会〈2019年〉

寮では6人暮らしで、私も含めて全員が失踪したベトナム人の元技能実習生でした。残業が多く、手取り給料が約21万円あったので、毎月10万円~15万円をベトナムの実家に送ることができました。

不法滞在中にN3取得

寮の近くのショッピングモールで〈2019年〉

生活が安定したので、私は日本語の勉強を始めました。毎晩、You Tubeで日本アニメ(音声は日本語、字幕はベトナム語)を見たり、教材の問題を解いたりしました。職場の日本人たちも親切で、彼らと交流して日本語が上達しました。ベトナム人6人、日本人約30人の職場で、毎週、多人数で飲みに行き、たまにボーリングにも行きました。2019年7月、日本語能力試験(JLPT)N3に合格しました。

不法就労あっせんグループ逮捕

不法就労あっせんグループの逮捕・起訴を伝える毎日新聞記事〈2019年10月22日〉

しかし、安定は長くは続きませんでした。同年10月、私たちの不法就労をあっせんしたグループが別件の不法就労あっせんに関して逮捕・起訴されたことが報道されたのです。私たちへのあっせんも近い将来、捜査対象になる可能性があったので、社長は私たちベトナム人6人を事務所に集め、「明日から来なくてもいいです。寮も明日、出てください」と通告しました。

新型コロナで行き詰まり入管に出頭

京都での就労中はホテル宿泊を提供された〈2019年〉

翌日、私たち6人は寮を出ました。私は送出機関での同期が住む兵庫県内のアパートを訪ねました。この同期も失踪中で、一緒に建築のアルバイトを見つけて京都で10日間働きました。その後、太陽光パネル設置の仕事で埼玉県に約40日間、徳島県に2週間住みましたが、2019年末に仕事がなくなりました。

入国時に受け取り、失踪後に無効になった在留カード

私はベトナム人向けの一般のFacebookページに「家賃を半分払いますので、一緒に住ませてください」と投稿し、愛知県のベトナム人エンジニアのアパートに2020年1月から4カ月間住みました。3月分までは毎月25,000円の家賃を払いましたが、新しいアルバイトが見つからず、所持金が底を突きました。そして、新型コロナウイルス感染拡大の影響で仕事探しが一層難しくなくなったため帰国を決意し、4月30日、名古屋入管に1人で出頭しました。

似たような状況のベトナム人が多いようで、不法就労あっせんのFacebookページに「明日、入管に行きます。だれか一緒に行きませんか」といった書き込みを最近よく見かけます。

お寺で出国待ち

徳林寺で〈2020年6月1日〉

入管ではその日に仮放免され、ホテルに3泊しました。お金がなくなり、Facebookで知ったユンさん(在東海ベトナム人協会副会長)に電話で相談し、名古屋市の徳林寺に連れて行ってもらいました。ここでは、同じように出国を待つベトナム人約50人が一時住まいをしています。

パスポートを紛失し通行証の申請をするハインさん〈在大阪ベトナム総領事館で2020年6月17日〉

私は実習先でつらい目に遭い、失踪して不法就労をしてしまいました。しかし、これから日本に来る皆さんは、このサイトも参考にしながら合法的な対処をしてください。私は日本が好きですが、不法滞在の履歴が残るので、再び日本に来ることは難しいと思います。後輩の皆さんには同じような目に遭ってほしくないと思い、この体験談を載せました。