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日本の災害危険情報と避難指示

近年は気候変動の影響により、大雨による洪水や土砂災害が増えています。そのため、日本では気象情報や避難情報が頻繁(ひんぱん)に発表されます。これらの情報の意味を正しく理解し、早めに適切に行動することが自分や家族の命を守ることにつながります。この記事では、災害危険情報や避難指示について紹介します。※トップの写真はNHKニュース(2026年6月3日)より 〈この記事の内容〉 1.現在の災害情報の概要 2.従来の災害情報との違い ...

2026年07月10日
  • 外国人のための防災の基礎知識と情報収集方法

    2026年06月04日
    日本は災害が多い国です。地震、台風、大雨などが毎年のように発生しています。災害が起きたときに、その災害に関する知識が少ない場合や備えをしていない場合、避難が遅れたり当面の生活に困ったりします。外国人にとっては、言葉や文化の違いによって必要な情報を正しく理解できず、避難のタイミングが遅れることもあります。この記事では、外国人が災害時にできるだけ安全に行動できるように、防災の基本をまとめました。 〈この記事の内容〉 1.日本で起こりやすい災害 2.大雨や台風のときはどう行動するか 3.地震のときはどう行動するか 4.津波の被害を避けるには 5.火山が噴火したときはどう行動するか 6.災害時の避難 7.災害への備え(備蓄など) 8.災害時の情報収集 9.まとめ 1.日本で起こりやすい災害 日本で起こりやすい災害には次のようなものがあります。地域ごとにハザードマップがあり、災害被害の予測について事前に知ることができます。 台風・大雨 事前に予報が出ますが、雨が長く続くと、川のはんらんや洪水、土砂崩れが起こります。 地震 日本ではどの地域でも地震が起きます。揺れが大きい場合、建物が倒れる、家具が倒れる、窓ガラスが割れる、停電、断水などが同時に起こることがあります。 津波 地震の後に発生し、大きな波が非常に速いスピードで陸地に押し寄せます。第二波や第三波などもありますので、長時間の警戒が必要です。 噴火 火山の近くでは火山灰や噴石の影響があります。大きな火山が噴火すると、遠方にも被害が及びます。 2.大雨や台風のときはどう行動するか 日本では近年、地球温暖化の影響で、各地でしばしば集中豪雨(ゲリラ豪雨)が降ります。また、台風も大型化し、たくさんの雨を伴います。 大雨によって洪水が発生すると、建物が水につかることがあります。また、大雨によって山や斜面が崩れたり、土砂が流れて建物が壊れたり道路がふさがれたりすることがあります。 このような洪水や土砂災害から命を守るために、次のような行動をとってください。 大雨や台風への備え ・普段からハザードマップ(災害の発生するおそれがある場所が書いてある地図)で洪水や土砂災害の危険がある場所を確認しておきましょう。 [iconpress id="local_1803" title="external link" style="color:#525252; font-size:22px;" ] ハザードマップポータルサイト(国土交通省) 大雨や台風のときの行動 ①海や川を見に行かない ・海や川の様子を見に行って、風雨の影響で水中に転落するケースが非常に多く発生しています。絶対に水辺に近づかないでください。 ②早めに避難 ・気象庁の災害情報などをもとに早めに避難しましょう。避難タイミングをのがすと、風雨がひどくなったり道路が通行止めになったりして移動できなくなることがあります。 ・市区町村から「避難指示」が出たときは、近くの避難所に必ず避難してください。 3.地震のときはどう行動するか 日本の周辺には、複数のプレートが存在しており、世界有数の地震多発地帯となっています。地震から命を守るために、次のような行動をしてください。 地震への備え 地震が起きた場合に避難する場所を家族と話し合っておきましょう。 地域の防災訓練に参加し、災害時の避難方法や避難経路を学んでおいてください。 家具が倒れないように固定しておきます。また、倒れても大丈夫なように、家具の配置にも気をつけます。 地震が起きたときの行動 地震が発生したら、次の点に注意してください。 ① 落下物や転倒物から身を守る ・建物の中にいる場合→落下物から身を守るため、机やテーブルの下に入り、揺れが収まるまで待ちましょう。 ・外出している場合→建物の近くにいると、看板や建物の壁、割れたガラスなどが落ちてくる可能性があるので、カバンなどで頭を守りながら安全な場所に避難してください。 ・車に乗っている場合→車を道路の左はしに停めてエンジンを止め、歩いて安全な場所へ避難してください。 ② 火の始末(火災を防ぐ) ・揺れが収まったら、台所やストーブなどの火を消してください。 ・もし出火した場合は、消火器などでできるだけ消火しましょう。 ・地震の後は、ガス漏れが起きている可能性があるので、火はつけないでください。 ③エレベーターを使わない ・故障して中に閉じ込められる危険性があります。 ④安全な場所に避難 ・揺れが強いと、建物の倒壊や火災の危険があり、山や丘では土砂くずれの危険性もあります。揺れが収まったら、近くの避難場所などへ移動してください。 4.津波の被害を避けるには 海底の下で大きな地震が発生すると、海底が盛り上がったり沈んだりします。これに伴って津波が発生します。 津波への備え 普段からハザードマップなどで危険地域や避難場所への経路などを確認しておきましょう。 地域の防災訓練に参加し、災害時の避難方法を学んでおいてください。 津波が起きそうなときの行動 津波が海岸に近づいてくるのを見てから避難を始めても間に合いません。以下のことに気をつけて早急に避難してください。 ①揺れを感じたら避難 ・海や大きな川の近くで強い揺れを感じたときや、弱い揺れでも長い時間ゆっくりした地震を感じたときは、すぐに海や川から離れ、高台や避難ビルなど高い場所に避難してください。 ②警報を聞いたら避難 ・地震を感じなくても、気象庁から津波警報が発表されたときは、すぐに高い場所に避難しましょう。 ③長時間、警戒する ・最初の津波より第二波や第三波の方が大きい場合もあります。地震の揺れが収まってから長時間の警戒が必要です。 5.火山が噴火したときはどう行動するか 日本には多くの火山があります。噴火から命を守るために、以下の行動をしましょう。 噴火への備え 普段からハザードマップで自分の住む地域にどのような災害の危険性があるのか確認しておいてください。 登山をするとき→気象庁のサイトやハザードマップで火山に関する情報を確認▽登山届を提出▽通信機器やヘルメットを準備。 [iconpress id="local_1803" title="external link" style="color:#525252; font-size:22px;" ] Compass(登山届けを出すためのサイト) 噴火が起きたときはこうする ①マスクや布で口をおおう ・火山灰を吸い込んではいけません。火山灰には、細かいガラス片や鉱物の破片が含まれており、肺などに悪影響を与えます。 ②避難 ・建物の中に避難し、火山灰や噴石から身を守ります。 ・市区町村から「避難指示」が出たときは、すぐに安全な場所に避難してください。 ③登山中に噴火が発生したとき ・すぐに火口から離れ、山小屋やシェルターなどに避難してください。 ・頭を守るためにヘルメットをかぶってください。 6.災害時の避難 避難所の様子(さまざまなタイプの避難所があります) 避難場所 ・災害が発生しそうな場合や発生した場合、早めに安全な場所に避難してください。 ・住んでいる地域の避難場所を普段から確認しておいてください。 ※各市区町村のホームページなどで確認できます。 ・避難場所へ行くことが難しいときは、近くの安全な場所(しっかりした建物など)に逃げましょう。 避難指示 ・災害による被害が発生する可能性が高まった場合、自治体が「避難指示」を発令します。テレビやラジオ、スマートフォンへの緊急速報メールなどで避難指示を知ることになります。「避難指示」が出る場合は命の危険もありますので、近くの避難所などにすぐに避難してください。 避難方法 ・避難をするときには、必ず火を消してから外出してください。また、持ち物をできるだけ少なくして背中に背負うなどし、両手が自由に使えるようにしてください。 7.災害への備え(備蓄など) 災害に備えた備蓄 災害時に当面の生活を続けるために、水・食料や緊急用トイレなどの備蓄が必要です。 基本的な備蓄 飲料水:最低でも1人1日3ℓ×3日分以上備蓄してください。大きな地震などが起きると、水道管が破損して長期間、断水することも多いので、できれば1~2週間分準備しておく方が望ましいです。 生活用水:断水に備えて生活用水の備蓄も必要です。 食料(保存食):缶詰やレトルト食品。大災害が起きたら、店の商品はあっという間になくなり、長期間買えなくなります。道路が寸断されると、品物が長期間入ってきません。数日分の備蓄を推奨する記事も多いですが、できれば2週間分以上の備えがある方が良いでしょう。 災害用トイレ:通常のトイレで水が流れなくなりますので、使い捨てトイレ(または大きなゴミ袋)を多めに用意しておきましょう。 非常用持ち出し袋(防災リュック):懐中電灯やラジオ、電池など災害時に必要なものを詰め込んだ袋です。モバイルバッテリーや現金(災害時は電子決済ができないことがあります)、常備薬なども入れておきましょう。 [iconpress id="local_1803" title="external link" style="color:#525252; font-size:22px;" ] 防災リュックを準備しましょう(JP MIRAI) 外国人にとっては身分証関係も重要 ・在留カード、パスポート、在留資格関連書類:本人確認やさまざまな手続きに必要です。 ※コピーだけでも非常持ち出し袋などに入れておきましょう。 避難場所を事前に知っておく ・大きな災害のときには公共施設などが「避難所」として使われます。避難所になる場所はあらかじめ決まっていますので、市区町村のホームページなどで普段から確認しておいてください。 ・災害が起きたら、自治体の情報などを確認して早めに避難してください。 ・避難所では地域住民との共同生活が原則です。日ごろから「おはようございます」「こんにちは」とあいさつをするなどして、地域住民と良い関係をつくっておきましょう。 連絡方法や集合場所 連絡方法や集合場所を事前に決めておく ・災害が起きた場合に家族や友人と連絡を取り合う方法や集合場所を決めておきましょう。通信障害や停電もありますので、スマートフォンがいつでも使えるとは限りません。 紙に書いた連絡先 ・家族・友人・勤務先・学校の連絡先を書いた紙を持っておくと、災害時にスマートフォンの電波が届きにくい場合や電源が切れた場合に役立ちます。 8.災害時の情報収集 災害が起こりそうなときや災害が起こった場合はどのように情報を収集したらよいでしょうか。 災害時の情報収集ツール 災害時の情報収集ツールには、テレビ・ラジオのニュースや行政の公式サイト、スマートフォンで受け取る緊急速報メールやエリアメール(大きな音とともに通知が届く)などがあります。 災害時に役立つサイトやアプリを紹介します。 外国人向けの災害情報サイト [iconpress id="local_1803" title="external link" style="color:#525252; font-size:22px;" ] 国土交通省の防災ポータル(多言語)※さまざまな災害情報にアクセスできるポータルサイト。各自治体の情報(避難情報など)にもここからアクセスできます。 [iconpress id="local_1803" title="external link" style="color:#525252; font-size:22px;" ] 気象庁の災害情報(多言語)※さまざまな災害情報を多言語で発信 [iconpress id="local_1803" title="external link" style="color:#525252; font-size:22px;" ] ハザードマップポータルサイト 外国人向けの防災アプリ(スマートフォン用) ・Safety Tips:地震・津波・台風などの災害情報や避難情報を多言語で通知します。 ・NHK WORLD-JAPAN:通常ニュースや災害情報を多言語で配信します。 ※アプリは事前にダウンロードしておくことが重要です。 外国人向けの相談窓口 [iconpress id="local_1803" title="external link" style="color:#525252; font-size:22px;" ] 外国人在留支援センター(FRESC)※在留資格や生活について相談できる窓口。災害時にも今後の仕事や生活について相談できます。 フェイクニュースに注意 ・災害時にはフェイクニュースが多発します。特にSNSでたくさんのデマが飛び交うこともあります。不確かな情報を信じないでください。 ・公式情報を優先する:自治体や公的機関、報道機関からの情報を確認してください。 9.まとめ 日本は地震や台風、大雨などの自然災害が多い国なので、災害への備えや知識が重要です。 大雨や台風のときは水辺に近づかず、早めに避難します。 地震のときは落下物から身を守ることと火の始末に特に注意してください。 津波のときは一刻も早く高い場所へ逃げることが重要です。 噴火の際には火山灰から身を守るための対策が必要です。 さらに、災害への備えとして、水や食料などの備蓄、在留カードなど重要書類の管理、避難場所の事前確認などが大事です。 災害時には正確な情報を得ることが重要です。SNSの不確かな情報に惑わされず、自治体や公的機関、報道機関の情報を優先してください。多言語対応の情報サイトやアプリも活用しましょう。 日ごろから準備しておくと、実際の災害時に被害を大きく減らし、避難生活にもしっかり対応することができます。できることから防災対策を始めていきましょう。
  • 日本に長く住むあるベトナム人の大みそかとお正月

    2025年09月08日
    私は日本人男性と結婚し、日本に住んで長い年月がたちました。子育てをしていたころは「お正月は日本とベトナムのどちらの国にとっても大事なイベント」と娘に伝えたかったので、毎年年末には日本の伝統的なお正月の準備をして新年を祝ってきました。その習慣は、娘が大きくなった今も続けています。わが家の年末年始の様子を紹介します。〈執筆:日本に長く住むベトナム人女性〉 ※上の写真は日本の「おせち料理」 〈このページの内容〉 ・年末の過ごし方:お正月の準備 ・わが家のお正月 ・お正月のさまざまな過ごし方 年末の過ごし方:お正月の準備 かがみもち 大そうじと正月の飾り わが家では毎年、年末に家族で大そうじをします。みんなで手分けして部屋や押し入れの中を整理し、不要になったものは捨てます。そして、部屋の窓やバルコニーの大きなガラス窓をていねいにふき、日ごろはあまりそうじをしないキッチンの換気扇もきれいにします。家中がきれいになったら、リビングに「かがみもち」を置きます。かがみもちは日本のお正月の風物詩の一つです。 おせち料理作り 年末になると、日本のデパートやスーパーマーケットで、四角い箱(重箱)に詰められた「おせち料理」のサンプルや写真をよく目にしますね。日本では、日持ちする料理を詰め合わせて1月1日~3日(三賀日)に食べる文化があります。これを「おせち料理」と言います。この記事の冒頭の写真がおせち料理です。私は、おせち料理の中で自分で作れるものは自分で作っています。12月30日や31日はその料理作りでも忙しくしています。 ちなみに、日本に住むベトナムの若者たちの中には、日本の正月に、ベトナムの旧正月(テト)のときと同じようにバインチュンや伝統料理を準備して集まり、宴会を楽しむ人も多いようです。 年こしそば 年越しそば 日本では12月31日のことを「大みそか」と呼びます。大みそかの夜、日本ではそばを食べる習慣があります。このそばを「年こしそば」と言います。わが家でも、大みそかの夜は、家族で年こしそばを食べ、NHKの「紅白歌合戦」を観ながら過ごすのが定番。日本では、大みそかの夜をこのようにして過ごす家庭が多いです。 除夜の鐘(じょやのかね) 大みそかの深夜、お寺に行って108回の除夜の鐘を鳴らす行事に参加してから新年を迎え、そのまま初詣をする人もいます。 わが家のお正月 初もうでの風景 元旦の朝 元日の朝は、家族でおせち料理を囲み、おもちを入れた「雑煮」(ぞうに)を食べます。お雑煮は正月用の特別なみそ汁です。その後、子どもたち(自分の子どもや孫、親せき)に「お年玉」を渡します。お年玉は新年の特別なお小づかいです。 初もうで わが家では、元日の午後は、夫の両親の家を訪問して新年のあいさつをします。その後、神社へ行って「初もうで」。お参りの後は、縁起物の「破魔矢(はまや)」を買い、「おみくじ」を引きます。そして、神社の境内にある露店でたこ焼きなどを買って食べるのも楽しみです。 ちなみに、神社の宗教は神道(しんとう)、寺の宗教は仏教(ぶっきょう)ですが、ほとんどの日本人が宗教の違いを気にせず、神社や寺の景観や立地、にぎやかさなどの基準で行き先を決めます。また、同じ人が日ごろから神社にも寺にも行きます。 [iconpress id="local_1803" title="external link" style="color:#525252; font-size:22px;" ] 初詣で人気の高い全国の社寺 三賀日(さんがにち)の過ごし方 わが家では、1月2日以降は、それぞれの予定にしたがって過ごします。私は関東地方の大学同士が長距離のリレー競走をする「箱根駅伝」が好きで、1月2日も3日もテレビにかじりついています。三賀日(1月1日~3日)はこのように、お祝いの料理を食べたり、親せきを訪問したり、初もうでに行ったり、自由時間をゆったり過ごしたりする期間です。 お正月のさまざまな過ごし方 わが家の年末年始を紹介しましたが、お正月の過ごし方は人や家庭によってさまざまです。 家族の再会 お正月は、家族・親族が再会する時期です。故郷を離れて暮らしている人は年末年始に実家に帰省することも多く、親や親せきといっしょに過ごします。 旅行・レジャー 年末年始には、海外や国内に旅行に行く人もたくさんいます。このため、年末年始の公共交通はとても混雑し、ホテルの宿泊費も高くなります。これは日本のゴールデンウィーク(4月末~5月上旬)や盆休み(8月)と同じです。また、たとえば東京に住んでいる人が遠くに行かない代わりに都内の高級ホテルでぜいたくな年末年始を過ごすというケースもあります。 日本に住んでいる私のベトナムの友人にも、日本の正月休みを利用してベトナムに帰省する人が多いです。ベトナムの旧正月(テト)の時期に日本で長期休暇を取るのは難しいケースが多いためです。 もち 日本のお正月の食べ物で欠かせないのは「もち」です。ベトナム人はもちにハムなどをはさんで食べますが、日本人は焼いたもちを雑煮(ぞうに)の中に入れたり、もちにのりを巻いてしょうゆをつけたり、大根おろしとしょうゆをつけたりして食べます。私はチーズをはさんでしょうゆをつけて食べるのが好きです。 年賀状 日本では、新年のあいさつをはがきに書いて郵便で送る「年賀状」という文化が長く続いています。日本郵便は毎年11月1日に年賀はがきを発売します。絵や図柄が裏に印刷されている年賀はがきもあれば無地の年賀はがきもあります。無地の年賀はがきに家族の写真やあいさつ文をパソコンなどで印刷して送る人も多くいます。 年賀はがきの発行枚数は2003年にピークの約44.6億枚を記録しましたが、近年はメールやSNSで年始のあいさつをすませる人が急増し、年賀状文化は急速に衰退しています。年賀はがきの発行枚数は年々減り、2025年用(2024年12月発売)は約10.7億枚でした。
  • 東京で生活・通学・仕事をする外国人の強い味方「東京都多言語相談ナビ」/無料

    2025年02月26日
    東京都で生活や仕事、勉強をしているベトナム人の皆さん、仕事や生活で困ったことがあったとき、「信頼できる相手に相談したい」と思ったことはありませんか? そのようなとき、あなたはベトナム人が運営するSNSで情報を探すことが多いことでしょう。しかし、SNSの情報の中には重大な間違いが含まれることもよくあります。「確かな相手に相談したい」「法律的な知識についても専門家に相談したい」。そんなときは、「東京都多言語相談ナビ」を使ってみてはいかがでしょうか? この記事では、公的機関が提供する電話相談サービス(無料)や地域の日本語教室(低額)を探すためのサイトについて紹介します。 〈このページの内容〉 1. ベトナム語で生活相談 2. 無料の法律相談 3. 無料の在留相談(ビザ・入管関係) 4. 日本語教室を探すサイト 5. まとめ 1. ベトナム語で生活相談 「東京都つながり創生財団」(つながり財団)はフリーダイヤルで外国人からのさまざまな相談に応じています。不要品を回収してもらう方法(粗大ゴミの出し方)や役所でのさまざまな手続き、年金のこと、保育園や学校のこと、医療のこと、交通事故のことなど、あなたの悩みや質問に、つながり財団のベトナム人スタッフが答えます(ベトナム人以外のスタッフがベトナム語通訳と一緒に答える場合もあります)。 相談は無料です。 このサービスの名前は「東京都多言語相談ナビ」です。ベトナム語も含めてさまざまな言葉で相談することができるので「多言語」という名前がついています。もちろん、日本語が得意な場合は、日本語でも相談できます。 東京都多言語相談ナビ 【相談できる人】 ・東京都内に住んでいる人 ・東京都内で働いている人(住所は東京以外でもOK) ・東京都内の学校に通っている人(住所は東京以外でもOK) 【相談できる日】 ・月~金(10:00~16:00) ※日本の祝日をのぞきます。 【電話番号】 0120-142-142 ※電話料金はかかりません。 ※電話にはベトナム人以外の人が出る場合もありますが、あなたが「ベトナム語でお願いします」と言えば、ベトナム人スタッフに代わるかベトナム語通訳を加えます。 【相談料】 ・無料 ※1回の相談時間は60分までです。 どんな相談が多いの? 「東京都多言語相談ナビ」に外国人から寄せられる相談はさまざまで、相談の種類としては次のようなものが多いです。 ・在留資格(広い意味の「ビザ」) ・住宅 ・医療 ・労働関係 ・結婚・離婚 ・出産・育児 ・保育園や幼稚園 ・学校 ・生活一般 ・交通事故 ◆具体的な相談例 生活一般 ・粗大ゴミ(大型ゴミ)の捨て方がわからない(ベッドを捨てたい、スーツケースを捨てたい、など)。・役所から手紙が届いたが、手続きの仕方がわからない。・保育園の探し方や申し込み方を教えてほしい。 医療 ・虫歯の治療をしたい(どこの歯科に行けばよいか、保険は使えるのか、など)。・予防接種を受けたい。 住宅(賃貸住宅) ・電気やガスを止められた。・アパートの契約期間がもうすぐ満了する。更新するにはどうしたらよいか。・アパートの退去の手続きについて教えてほしい。 その他 ・国民年金の納付書が届いたが、どうしたらよいかわからない。 変わった相談もありますか? 「東京都多言語ナビ」にはさまざまな相談があり、めずらしい相談もあります。相談ナビが分からない質問については、ほかに相談できるところを案内します。 ◆相談例 相談例① ・5、6人の警察官が家に押しかけ、尿検査を強要された。ベランダでお灸(きゅう)を使用していたため、薬物使用を疑った近所の人が通報したようだ。 相談例② ・ベランダに置いていた粗大ごみが台風でふき飛ばされ、階下の部屋の窓ガラスと車を破損させてしまった。自然災害によって予期せず加害者となってしまったが、どこまで責任を負うべきか。→この相談には無料の法律相談を紹介しました。 2. 無料の法律相談 もし、あなたがトラブルに巻き込まれた場合や日本の法律が分からなくて困っている場合は、無料で法律相談を受けられます。日本の弁護士が対応し、通訳もつきます。 【無料法律相談】 ・1回60分まで ・予約が必要です。多言語相談ナビに電話して予約してください。 0120-142-142 【相談できる人】 ・東京都内に住んでいる人 ・東京都内で働いている人(住所は東京以外でもOK) ・東京都内の学校に通っている人(住所は東京以外でもOK) 【相談できる日】 ・月・水・金曜日(①13:30~、②14:45~) ※日本の祝日をのぞきます。 ◆相談例 日本語学校 ・高額な入学料と授業料を前納したが、授業に不満なのでやめることにした。授業料を返してほしい。 離婚 ・日本人の配偶者と離婚したいが、財産分与はどうなるか、どの国の法律が適用されるか。・日本人の配偶者と離婚したが、相手が子どもの養育費を払ってくれない。 賃貸住宅 ・家主から退去するように言われたが、従う必要があるのか。・退去にあたって部屋の修繕費を請求されたが、内容に納得できない。 交通事故 ・仕事でレンタカーを使って事故を起こした。勤務先の会社が保険等で対応してくれない。自分はどこまで責任を負うべきか。 交通事故 ・レンタカーで冷蔵庫を運んでいる途中に駐車車両にぶつかったが、相手と連絡が取れないので、立ち去った。その後、警察から連絡がきた。保険は使えるか。→これについては、警察に通報せずに立ち去ったので、保険は適用されません。交通事故を起こしたら、まず警察(電話で110)に連絡し、警察官に現場に来てもらわなければなりません。 3. 無料の在留相談(ビザ・入管関係) 東京都多言語相談ナビは「無料在留相談」も行っています。在留資格(広い意味のビザ)のことや在留期間のことなど、入管手続きで分からないことがあれば、遠慮なく相談してください。 【無料在留相談】 ・1回60分まで ・予約が必要です。多言語相談ナビに電話して予約してください。そのときに在留カードに書いてある内容を聞きますので、在留カードを手もとに用意して電話してください。 0120-142-142 【相談できる人】 ・東京都内に住んでいる人 ・東京都内で働いている人(住所は東京以外でもかまいません) ・東京都内の学校に通っている人(住所は東京以外でもかまいません) 【相談できる日】 ・毎月4番目の火曜日(14:00~16:00) ※日本の祝日をのぞきます。 【相談の場所】 ・つながり財団の事務所(西新宿) ・Zoom(オンライン) 【相談例】 ・特定技能外国人だが、妻を日本に呼べるか。 ・入管から書類が届いたが、内容を理解できない。 ・留学生だが、特定技能ビザや就労ビザに切り替えるにはどうしたらよいか。 4. 日本語教室を探すサイト つながり財団は、東京都内の日本語教室を探すためのウェブサイト「東京日本語教室サイト」も運営しています。 日本で仕事や留学をしているベトナム人の皆さんには、「安い費用で日本語をもっと教えてもらいたいなあ」と思っている人も多いことでしょう。「東京日本語教室サイト」はそういう人たちにボランティア団体などが低額で授業を提供している「日本語教室」を紹介するサイトです。 ※「日本語教室」は「日本語学校」ではありません。地域の日本人たちが低額で日本語を教えてくれる教室です。 そのサイトで紹介されている日本語教室には、先生と会って対面で教えてもらう教室とオンラインで教えてもらう教室の2種類があります。紹介されている教室はすべて東京都内の教室で、たくさんの教室が紹介されています。 もし、その中に興味のある教室が見つかった場合は、教室紹介ページの中にメール送信フォームがありますので、そこから問い合わせや申し込みをすることができます。 5.まとめ この記事では、「東京都多言語相談ナビ」の活動を中心に紹介しました。多言語相談ナビは、外国人が日本で生活や仕事、留学などをする上でのさまざまな悩みや質問について、その外国人の母国語で相談に乗ってくれます。 その中で法律に関する専門知識が必要な相談があれば、弁護士と通訳が対応する無料法律相談も受けられます。 また、入管手続きやビザに関する問題については、特別な相談日を設けて対応しています。 休みの日や仕事が終わった後の夜などに教室やオンラインで日本語の勉強をしたいと思っている人には、地域の人と知り合いになれて、低額で日本語を学ぶことができる日本語教室を探すための「東京日本語教室サイト」も運営しています。 「東京都つながり創生財団」は公的な団体で、営利団体ではありませんので、これらの無料サービスはいずれも安心して使えます。東京都に住むベトナム人の皆さん、あるいは東京都で仕事や留学をしているベトナム人の皆さん、「東京都多言語相談ナビ」のサービスをぜひ使ってみてくださいね。

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  • ノートの持つ不思議な力

    皆さん、こんにちは! 皆さんには「ノートをとる」習慣はありますか? 「ノートをとる」とは「ノートに記録する」という意味ですが、この習慣は留学を成功させるために不可欠です。ノートには備忘録としての役割以外にも不思議な力がたくさんあり、例えば、就職後に仕事で成果をあげるための“秘密兵器”にもなります。ノートがあなたの人生を豊かにしていく理由をお伝えします。 1.理解が深まる、思い出すにも便利 ノートは義務? 日本では、学生も社会人も多くの人がカバンにノートやメモ帳、手帳を入れて持ち歩いています。ノートやメモ帳は、他人から言われたことや自分が感じたこと・見たことなどを記録し、あとから思い出すために使いますね。 皆さんも小学生のころから、学校の授業で先生が黒板に書いた内容や口で説明してくれたことをノートに書いてきたと思います。授業の冒頭で前回の授業を振り返る際、先生からノートをきちんととっているかチェックされた経験のある人も多いのではないでしょうか。そのような経験の中、皆さんにとって「ノートをとる」という行為は先生から押しつけられた「義務」という位置付けだったかも知れませんね。 ノートが成績を左右 しかし、日本に留学して日本語学校や専門学校、大学などで学ぶ際には、先生が学生のノートをチェックすることはあまりありません。あなたがもし義務感だけでノートをとってきたのであれば、ノートをとらなくなってしまうかもしれません。 しかし、ノートをとるかとらないかで成績には大きな差が出ます。試験前に教科書だけで復習するのと、ノートもあるのとでは、情報の理解・定着がまるで違います。上位の教育機関になればなるほど、ノートの価値は増し、日本の大学生の間では、定期試験の際によいノートのコピーが出回るほどです。 このようなノートを入手して試験を乗り切るのも一つの手ですが、やはり自分でノートを書いて読み返す方が、書くときに理解が深まり、読み返すときにも意味がよくわかります。他人のノートを参照するとしても、まずは自分のノートをしっかりマスターしたうえで参照する方が格段に効果があります。 ノートは仕事でも役立つ ノートをとる習慣は社会人になってからも役立ちます。新入社員は会社の先輩から仕事の流れや注意点を教えてもらい、取引先や顧客からもたくさん教えていただきます。その都度、ノートやメモ帳に書きとめ、あとで読み返すようにすると、仕事を早く覚えられます。また、仕事で失敗したこともノートなどに書きとめ、あとで振り返るようにすると、失敗をくり返さないようになります。 2.気付きや反省につながる ノートの効果は、理解を深めたり覚えたりあとで思い出したりすることだけではありません。WA.SA.Bi.の相談窓口で留学生から履歴書の書き方について相談を受けていると、履歴書の記載にアルバイトに関する話題がよく出てきます。その中で、上司や顧客から指摘されたことや失敗したこと、その改善方法をノートに記録してきた人も多くいます。このような人は仕事を覚えるのが早く、上司からも後輩からも頼りにされるようになります。 また、仕事での成功・失敗例や大事なことをノートに記録し続けていくと、書きとめるという行為を通じて何かを反省したり何かに気付いたりするきっかけにもなります。例えば、それまで気づかなかった自分の長所やくせなどが分かってくる場合があります。成功や失敗を書き続けることで、ある日、それまで気付かなかった自分に気付くことができる。これが、ノートのもう一つの効果です。 3. 顧客との信頼関係につながる 後輩教育のマニュアルにも ノートの効果はほかにもあります。ノートを振り返ると分かりますが、実は、何度も同じような内容が書かれていることがあります。 ノートには同じようなことを繰り返し書いても構いません。 ノートをときどき読み返すことで、一つ一つを記録したときの自分自身の能力や考え方・感じ方がどのような状況やレベルだったかが分かります。そして、自分の成長の足取りや失敗を繰り返さないためのこつも分かってきます。こうなると、上司に教えてもらわなければならないことも減っていき、単独でさまざまな仕事や問題に対処できるようになっていきます。 また、仕事関係のノートやメモをとり続けていると、それを活用して後輩を教育することもできます。先輩留学生がアルバイトの仕事中にとり続けたノートをもとに店が新しいアルバイトの教育マニュアルを作成した事例もあります。 顧客との信頼関係につながる 顧客や取引先についても、打ち合わせなどで聞いた内容や自分が気付いたことを書き続けることで、先方の要望やニーズ、状況を深く理解し、相手の状況や希望に応じた提案やサービスを提供できるようになります。このように、相手を理解し相手に歓迎されるような提案や仕事をすることができるようになると、相手との信頼関係はどんどん深まり、仕事の成果につながります。 まとめ ノートやメモをとることは、他人から強制されて行う「義務」ではなく、あなた自身のために行うことです。あなたが大事なことを理解したり思い出したりするために役立ち、あなたの勉強や仕事の成果に結び付きます。 また、仕事での学びや失敗などを書き続けているうちに、それまで気付かなかった自分の長所やくせなどが見えてくる場合もあります。 そして、ノートをとり続けることで顧客や取引先を深く理解し、相手に喜ばれる提案や仕事をすることができるようになります。ノートは顧客や取引先との信頼関係を深めるための“秘密兵器”と言ってもいいでしょう。 さあ、今すぐノートを購入し、カバンに入れて持ち歩いてみませんか?

    2021年06月14日

  • Vol. 39 生き生きとパン作り

    今回の先輩 ファン・ティ・カム・トゥイさん 2017年 6月グエンチャイ高校卒業〈ベンチェ県〉 2018年 2月飲食店勤務〈ベンチェ県〉 2018年12月日本語センター入所〈ホーチミン〉 2019年 8月訪日→講習〈大阪〉 2019年10月ベーカリーで技能実習〈鹿児島県〉 〈1995年生まれ、ベンチェ省出身〉 はじめに パンの生地を並べる作業〈2020年7月〉 故郷で料理店を開くお金を貯めるために日本に来たトゥイさん。給料より仕事内容で選んだパン作りの実習。おとなしい性格だが、エプロンを着てパン作りを始めると、生き生きと輝き出す。トゥイさんの仕事の様子と彼女を支える日本の「お父さん」とのふれ合いについて紹介する。 パンの生地を並べる作業〈2020年7月〉 将来の夢のために訪日 実習先の店の売り場〈2020年7月〉 私の両親と兄は畜産とエビの養殖をしています。私は高校を卒業して地元ベンチェの料理店で調理を担当しました。料理が好きだからです。将来は自分の料理店を開きたいので、資金を貯めるために日本で働こうと思いました。料理に関係する技能実習を希望していたところ、パンを焼く仕事を紹介されたので、飛びつきました。 送出機関はホーチミンのMirai Humanでした。ベーカリー経営会社の2人がホーチミンまで来て通訳付きで面接をしてくれました。Mirai Humanに支払った費用は約115,000,000 VNDでした。 実習先の店の売り場〈2020年7月〉 同僚と2人で生活 寮でガンさんと食事〈2019年10月〉 2019年10月、同期のガンさんと一緒に鹿児島県鹿屋市の「ジュリアンベーカリー」で働き始めました。ガンさんとは寮(3ベッドルーム)で同室です。職場には調理室と売り場、パンを食べるためのテラス席があります。町から離れていますが、車で来店する人が多く、とてもはやっています。 平日は午前10時開店で、私たちの勤務(実習)は7:00~13:00です。ときどき残業もあります。土日の勤務は5:00~14:00(8時開店)なので、朝3時に起きて弁当を作り、朝食を食べます。寮から職場へは自転車で約20分。雨の日は、雨がっぱを着て自転車に乗ります。 寮でガンさんと食事〈2019年10月〉 パンを焼く日々 焼き上がった食パンをオーブンと型枠から取り出す〈2020年〉 最初はいろいろなパンの名前を覚えることから始めました。私たちの担当はパンの生地を作ることとそれを焼くことです。毎朝、食パンの生地作りから始めます。小麦粉、バター、イースト、水を大型ミキサーで混ぜますが、そのときに湯で水温を調節します。室温や小麦粉の温度に応じた最適の水温にしないとよい生地はできません。ここが難しいポイントです。そして、生地を少し発酵させた後、その日のうちに焼いて店に出します。 焼き上がった食パンをオーブンと型枠から取り出す〈2020年〉 食パンの生地を発酵させている間に菓子パンなどの生地をつくります。パンの種類ごとに混ぜる材料の種類や分量が違います。そして、材料はレシピと1㌘たりとも違わないように正確に計量します。できあがった生地は小分けして冷凍します。食パンのようにその日に焼くのではなく、いったん冷凍して必要なときに解凍して焼きます。きれいなパンが焼き上がり、店長からほめられたときが一番うれしい瞬間です。 ラスクの焼き具合を見ながら裏返す ラスクの焼き具合を見ながら裏返す 焼き上がったパンにクリームを注入 職場の日本人との交流 休日に店員さんたちと寮でランチ会〉 店員さんは全員女性でとても親切です。私たちによく話しかけてくれますし、雨が激しい朝は、だれかが車で通勤途中に私たちの寮に寄って乗せていってくれます。店長が閉店後に車でスーパーに買い物に連れて行ってくれることもあります。 休日に店員さんたちと寮でランチ会〉 店でクリスマスケーキ作り〈2019年12月〉 店員さんたちが寮に遊びに来てくれることもときどきあり、私たちはベトナム料理を作ってもてなします。閉店後に店のテラスでバーベキューをしたり、みんなで一緒に外食に行ったりすることもあります。ボーリングにも一緒に行きました。訪日して2カ月後のクリスマスには、店員さんが焼いてくれたケーキに私たちがトッピングをさせてもらい、寮に持ち帰って食べました。 店でクリスマスケーキ作り〈2019年12月〉 日本のお父さん 「お父さん」とガンさん〈2020年7月〉 私たちの技能実習の監理団体(受入組合)は西日本技能センターで、大阪に本社、鹿屋市に支社があります。支社長の山﨑良一さん(73)と女性スタッフが私たちの面倒をみてくれます。私たちは山﨑さんのことを「お父さん」と呼んでいます。 ※西日本技能センター(問い合わせ) https://www.facebook.com/japanskill/ ベトナム語でメッセージを送れます。 「お父さん」とガンさん〈2020年7月〉 他社の技能実習生たちの寮で食事会〈2020年〉 「お父さん」は毎月数回、私たちに会いに来て様子を聞いてくれます。ときどき一緒に来る女性スタッフは友人から集めた古着を持ってきてくれることもあり、おかげで私たちは服を買わなくてすみます。「お父さん」はいつも私たちを気遣い、日本語を教えてくれたり、車で食事や観光に連れて行ってくれたりもします。店長が忙しいときは、代わりにスーパーにも連れて行ってくれます。また、他社の技能実習生たちとの食事会を開いてくれることもあり、地域のベトナム人のつながりが広がりました。 他社の技能実習生たちの寮で食事会〈2020年〉 「お父さん」と一緒にイチョウの森や桜島を観光〈鹿児島県で2019年11月〉 「お父さん」と一緒にイチョウの森や桜島を観光〈鹿児島県で2019年11月〉 日本での生活 寮では、毎日、ベトナムの母とビデオ電話で話します。そして、毎日約2時間、日本語の勉強をしています。 私の家計簿(1カ月の平均) ※100円=22,148 VND(2020年7月31日現在) 収入(合計100,000円~110,000円) 手取り給料 100,000円~110,000円 ※税金、社会保険料、寮費を差し引いた後の手取り額 ※差引額のうち寮費22,100円(水道・光熱費、Wi-Fiを含む) 支出(合計 15,000円) 食費 12,000円 ※主に自炊 雑費・交通費 3,000円 ※衣類も化粧品もほとんど買わない。下着もベトナムから3年分持ってきた。 差額・貯金(85,000円~95,000円) 差額 85,000円~95,000円 ※3カ月ごとに約22万円を両親に送金。 「お父さん」の車で買い物の途中に桜の花見〈2020年4月〉 「お父さん」の車で買い物の途中に桜の花見〈2020年4月〉 日本で長く働きたい 「お父さん」と近所のお店で外食〉 「お父さん」はときどき私たちに飲食店でごちそうしてくれます。初めて鹿児島県に着いた日は、ラーメン店に連れて行ってくれました。あのラーメンがとてもおいしかったので、将来、もし家族が日本に来たら食べさせてあげたいです。また、もう少し日本語が上達したら、日本各地も旅行してみたいです。Facebookで見た岐阜県の白川郷などにあこがれています。 30歳までに故郷で料理店を開くのが夢ですが、今はまだ21歳ですし、「お父さん」や店長をはじめ親切な方々に囲まれて暮らしているので、なるべく長く日本で働きたいと思っています。 「お父さん」と近所のお店で外食〉 「お父さん」に買ってもらったケーキで私の誕生日祝い〈2019年10月〉 「お父さん」に買ってもらったケーキで私の誕生日祝い〈2019年10月〉 「お父さん」の誕生日に私の手作りケーキをプレゼント〈2020年5月〉 「お父さん」の誕生日に私の手作りケーキをプレゼント〈2020年5月〉 小坂店長とトゥイさん〈2020年7月〉 【インタビュー】ジュリアンベーカリー店長・小坂由夏さん(48)の話 朝が早いですし職人的な仕事ですが、トゥイさんもガンさんも一生懸命働いています。2人とも最初から日本語をある程度話し、今では、細かい指導もゆっくり話すと理解できます。焼く前に生地をどのくらい発酵させたらよいかの判断が難しいのですが、トゥイさんはわずか1カ月でその感覚を身に付けました。パンの焼き方も上手です。 自分で仕事の手順書(ノート)を作ったり、他人のやり方を見て覚えたり、とても前向きに仕事をしてくれています。そして、忙しいときは、私が指示をしなくても必要な仕事を自分で見つけて手伝ってくれます。若くて意欲的な人たちが店に来てくれてとてもうれしいです。 小坂店長とトゥイさん〈2020年7月〉 小坂店長とトゥイさん〈2020年7月〉 【インタビュー】ジュリアンベーカリー店長・小坂由夏さん(48)の話 朝が早いですし職人的な仕事ですが、トゥイさんもガンさんも一生懸命働いています。2人とも最初から日本語をある程度話し、今では、細かい指導もゆっくり話すと理解できます。焼く前に生地をどのくらい発酵させたらよいかの判断が難しいのですが、トゥイさんはわずか1カ月でその感覚を身に付けました。パンの焼き方も上手です。 自分で仕事の手順書(ノート)を作ったり、他人のやり方を見て覚えたり、とても前向きに仕事をしてくれています。そして、忙しいときは、私が指示をしなくても必要な仕事を自分で見つけて手伝ってくれます。若くて意欲的な人たちが店に来てくれてとてもうれしいです。 小坂店長とトゥイさん〈2020年7月〉

    2020年08月13日

  • 日本の春の悩み「花粉症」

    新型コロナが流行する以前から、毎年2月後半~5月前半の日本ではマスクを付ける人がたくさんいました。鼻や目の粘膜が花粉に反応して強いアレルギー症状を起こす「花粉症」の患者が日本にはとても多く、マスクなどで対策をします。実は私も日本に来て花粉症になりました。日本での花粉症体験と対策をレポートします。 「花粉症」とは? ⬤ 花粉症の症状 鼻や目の強いかゆみ、何度も出るくしゃみが「花粉症」の最大の特徴で、鼻水や鼻づまり、頭痛を伴うこともよくあります。花粉症を特に引き起こしやすいのはスギとヒノキで、日本の山に大量に植えられています。 2月から5月にかけて、下記の症状が見られれば、残念ながらあなたは既に花粉症にかかっているか、今後花粉症になる可能性が高いと言えます。 ・鼻のかゆみとひんぱんなくしゃみ、鼻水、鼻づまり ・目のかゆみ ・のどのかゆみ ・頭痛、めまい ⬤ ベトナム人の私も花粉症に 血液検査でスギとヒノキの花粉症であることが判明 花粉症になっても命に別状はありませんが、長期間続くので、かかった人はとても苦しみます。私も5年前、花粉症にかかりました。鼻のかゆみとくしゃみ、目のかゆみがひどく、1週間経っても10日経っても治りません。もう我慢できず、耳鼻咽喉科クリニックに行くと、「花粉症」と診断されてびっくりしました。 花粉症は日本の国民病? なぜ日本では花粉症の人が多いのでしょうか? 花粉症は1970年ごろから増え始めました。第二次世界大戦後の1945年から20年あまりの間に、木材資源としてスギやヒノキが各地に大量に植えられ、1970年ごろから花をつけるようになったからです。不幸なことに、現在日本の人口の約4分の1がスギやヒノキの花粉症を患っていると言われています。 花粉症の原因は日本の山から飛んでくる花粉なので、日本を離れると症状はたちどころに治まります。この季節に花粉症の日本人がベトナムに旅行や出張に行くと、花粉症から即座に解放され、快適に過ごせるそうです。 新型コロナと花粉症、どう見分ける? 今年は新型コロナの流行が収まらない中花粉シーズンが到来。まさに弱り目に祟り目ですね。鼻水、鼻づまり、頭痛、めまいなどの症状が出ると、「花粉症かな?コロナかな?」と心配する人も多いと思います。でも、コロナと花粉症には大きな違いがあります。「強い鼻のかゆみ」「止まらないくしゃみ」「目のかゆみ」といった症状は花粉症特有のものです。また、花粉症の場合は、コロナのように高熱や筋肉痛などの症状は基本的にはありません。ただ、気になる場合は医療機関に行ってくださいね。 花粉症対策(薬品) ドラッグストアの花粉症対策コーナー 毎年花粉症と戦う日本人は、そのための“武器”や“戦略”をたくさん考えてきました。今回は私が花粉症と5年間戦ってきた経験と対策をご紹介しましょう。万が一花粉症になってしまったら、実践してみてください。まずは薬を使った対策から。 ⬤ 花粉症対策の薬 花粉症対策の目薬 私にとって一番効果的な対策は薬です。花粉症の季節には、日本の多くのドラッグストアに専用のコーナーが設けられ、「花粉症対策」と書かれた薬が並びます。 ■服用薬 花粉症の症状を抑えます。この種の薬の多くは、飲むと眠くなりますが、眠くならないとPRしている薬もあります。値段はさまざまで、私の場合、1カ月分で約3.800円です。 ■点鼻薬 鼻詰まりや鼻水を治す薬で、値段は700円〜800円です。 ■目薬 目のかゆみを抑える薬で、値段は数百円〜数千円とさまざま。 ⬤ 医師の処方箋で薬は安くなる 上記の薬の利点はドラッグストアやネット販売で手軽に購入できることです。医師の処方せんは不要です(コロナが心配で、医療機関に行きたくない人もいますね)。ただし、高価です。 一方、クリニックや病院で受診すると、処方せんをもらえます。健康保険に加入している人が処方せんと引き換えに薬を買うと、代金の一部が保険でカバーされるので、ドラッグストアで買うより安くすみます。 花粉症対策(薬以外) 100円ショップでも売られている花粉対策メガネ 薬のほかに下記のような花粉症対策もあります。 ■マスク 今や日常品となったマスク。コロナウィルスもまだ収まっていないので、マスクの着用を続けましょう。 ■目を洗う 目の粘膜に付着した花粉を洗い流します。洗浄液もあります。 ■鼻うがい 鼻の洗浄のことで、花粉を鼻腔から洗い流します。慣れないうちは痛いかもしれませんが、慣れると鼻をスッキリさせることができます。鼻うがい用の洗浄液もあります。 ■花粉対策メガネ 私は花粉から目を守るため、外出時にいつも花粉対策メガネをかけています。花粉侵入を防ぐフード(防護カバー)がついており、「花粉の侵入を90%以上カット」とうたっているメガネもあります。100円ショップで購入できる花粉対策メガネもあります。 ■衣類や毛布を外で干さない 衣類や寝具への花粉の付着を防ぐため、室内で干すか乾燥機で乾かしましょう。部屋干しは、この季節に中国から飛んでくる黄砂の付着を防ぐためにも有効ですね。 ■空気清浄機 できれば高性能の空気清浄機を部屋で使いましょう。室内の花粉を減らすことができますし、加湿機能を使うと、花粉の拡散も抑えられます。 今回は、日本人の多くがかかっている花粉症についてお伝えしました。日本に来る前には「花粉症」という言葉を聞いたことがなかった人も多いと思いますが、私のように日本に来てすぐ花粉症になるケースもあります。万が一、花粉症になってしまったときは、このブログを思い出してくださいね。

    2021年03月12日

  • Vol. 38 留学生の妻として訪日・出産・進学

    今回の先輩 ファム・フィ・イェンさん 2002年 5月グエンビンキエム高校卒業〈ヴィンロン県〉 2002年 9月ホーチミン国家大学・工科大学建築学部入学 2007年 4月外資系インテリア会社入社→4年勤務〈ホーチミン〉 2010年 10月留学中の夫と結婚 2011年 4月訪日〈大阪〉 2012年 12月出産 2013年 10月日本語学校入学→1年間 2014年 4月ヘアブラシメーカー入社→2年間勤務 2016年 11月出産 2017年 10月大阪大学大学院言語文化研究科研究生 2018年 4月大阪大学大学院修士課程入学 2020年 4月大阪大学大学院博士課程入学 〈1984年生まれ、ヴィンロン省出身〉 はじめに 家族でマイカーでお出かけ〈2020年5月〉 最初は数年間住むだけのつもりで訪日したイェンさん。その後、日本で娘2人を出産し、大学院にも進み、最近は家も購入した。イェンさんはどうやって日本語を身に付け、どうやって仲間を増やしていったのか――出産・育児やアルバイトの様子とともに本人がリポートする。 家族でマイカーでお出かけ〈2020年5月〉 恋人が日本へ、そして結婚 左:ホーチミン市内の公園で勤務先の同僚と〈2007年〉右:ホーチミンの勤務先で〈2011年〉 私は高校2年のときに同級生と交際を始め、彼と同じ大学に進みました。しかし、彼はその翌年から日本の文部科学省の奨学金で6年間留学(日本語学校1年、高専3年、大学2年)することになりました。私は留学には興味がなく、その後、ホーチミンで就職しやりがいを感じて仕事をしていました。彼とはめったに会えませんでしたが、毎日国際電話をかけてきてくれ、1時間ぐらい話しました。こうして遠距離恋愛の末、私たちは結婚しました。夫は大学院1年目、私は社会人4年目でした。 左:ホーチミン市内の公園で勤務先の同僚と〈2007年〉; 右:ホーチミンの勤務先で〈2011年〉 ◇遠距離恋愛の末に結婚〈2010年〉 夫と同居するため日本へ 結婚して半年後の2011年4月、私は仕事を辞めて訪日しました。夫は設計会社への入社が内定していました。そのときは、日本に長く住むことになるとは思っていませんでした。 私はベトナムの外資系企業で英語で仕事をしていましたが、日本では英語が通じません。当初は友だちも少なく、日本語もできなかったので、ずっと家にいてストレスがたまりました。そんなとき、留学生の妻仲間(ベトナム人)が地元の国際交流協会の日本語教室を紹介してくれました。ボランティアの日本人先生が教える無料教室(1回1時間)です。私は週2回通いました。生徒は20~30人(うちベトナム人4人)で、大阪大学の留学生の家族が大半でした。 私たちの略歴 私たちの略歴 私 夫 2002年 ホーチミン国家大学入学 2004年 日本の日本語学校 2005年 高専 2007年 卒業→ベトナムで就職 2008年 大阪大学工学部 2010年 大阪大学大学院 2010年 結    婚 2011年 退社→訪日 2012年 出産 日本で就職 2013年 日本語学校→1年間 2014年 日本の会社で勤務→2年間 2016年 出産 2018年 大阪大学大学院(修士課程) 2020年 大阪大学大学院(博士課程) 母親生活は寂しいスタート 長女と近所の公園で〈2014年春〉 日本に来て数カ月後、日本語学校に通うお金を貯めるため、留学生の妻仲間の紹介でクリーニング店でパートを始めました。週末だけの仕事で、洗濯とアイロンの担当でした。そして、ほどなく妊娠が判明しました。どの病院がよいのか分からず困っていると、アパートの家主さん(医師)が「大きな病院で産む方がよい」と教えてくれました。そして、マイカーで私たちを病院に連れて行き、受診手続きもしてくれました。その後は夫に通訳として付き添ってもらって受診を続け、2012年10月に長女を出産しました。 産後は、母がベトナムから1カ月間手伝いにきてくれましたが、夫は仕事が忙しくていつも遅い帰宅でした。私は言葉の壁もあり、乳児の予防接種や親子ふれ合いイベントなどの情報も十分に得られませんでした。 長女と近所の公園で〈2014年春〉 保育所を活用し日本語学校へ 日本語学校のクラスメイトと教室で 出産2カ月後、私は週末のパートに復帰しました。そして、出産1年後、娘を保育所に預けて日本語学校(授業料・年間65万円)に入り、1年間通いました。ボランティア教室で学んだおかげで、日本語学校は中級からスタートできましたが、娘がよく発熱したので半分近く休みました。それを補うため、毎晩2時間、自分で勉強しました。 自習に使った主な教材を紹介します。 ・「ペアで覚えるいろいろなことば」(武蔵野書院)=日本語教師の推薦 ・小学生の国語ドリル ・小学生新聞 ・News Web Easy(オンラインニュース)=音声も聞ける 日本語学校のクラスメイトと教室で 日本語学校を経て「就職」 勤務先の会社のベトナム代理人との懇親会で通訳〈2015年〉 日本語力がついたので2014年から2年間、大阪市のヘアブラシメーカーで働きました。ベトナム人の友人が退職する際に後任として紹介してもらいました。同社はベトナムの工場でも委託生産しており、翻訳・通訳が主な仕事内容でした。半年間は日本語学校に通いながらで、残り1年半はフルタイムでした。二女の出産(2016年11月)に備えて退社するまで、社長はじめ社員の皆さまに親切にしていただき、楽しく働けました。 勤務先の会社のベトナム代理人との懇親会で通訳〈2015年〉 キャリアアップを目指し大学院へ 左:大阪大学のベトナム語専攻の教官や院生らと食事会 右:大阪大学で修士課程の修了式〈2020年3月〉 2017年10月、大阪大学大学院の研究生になりました。ここで準備して入試を受け、半年後に大学院に進みました。私の在留資格は「家族滞在」で「留学」ではないので、日本人と同じ入試でした。よい仕事が見つかるようキャリアアップしたいと思ったのが進学理由です。2020年4月からは博士課程に進み、在日ベトナム人の子どもへのベトナム語の教え方について研究しています。なお、大学院入学後に在留資格を「留学」に変更し、修士2年目は文部科学省の奨学金を毎月148,000円受給し、授業料も免除されました。博士課程では、年齢制限でこの奨学金は受給できなくなりました。 左:大阪大学のベトナム語専攻の教官や院生らと食事会; 右:大阪大学で修士課程の修了式〈2020年3月〉 ベトナム人コミュニティ 左:国際交流協会の活動で仲良くなったベトナム人女性らとテトのイベントを開催〈2016年〉右:東京のベトナム人の友だちを訪ねて〈上野公園で2016年〉 当初は留学生の妻仲間しか友人がいませんでした。しかし、大阪のベトナム人留学生が集まる大きなグループがあり、毎年テト(旧正月)に大阪大学の施設に集まってお祝いをします。このような機会にベトナム人の友だちが増えていきました。国際交流協会の活動を通じて友だちになったベトナム人仲間もいます。また、夫の妹が2014年から日本で留学し近所に住み始めました。義妹はその後、日本で就職しました。義妹の娘は私の長女と同学年で、彼女たちとは今も一緒に食事をしたり買い物や旅行に行ったりします。 左:国際交流協会の活動で仲良くなったベトナム人女性らとテトのイベントを開催〈2016年〉; 右:東京のベトナム人の友だちを訪ねて〈上野公園で2016年〉 親切な日本人のママ友たち 親切な日本人のママ友たち ママ友たちと近所の公園で桜の花見〈2019年4月〉 日本語が話せるようになると、日本人のママ友だちもできました。友だちになるきっかけはいろいろあります。保育所で私から「すみません」と話しかけて質問する▽向こうから「初めまして」と声をかけてくれる▽子ども同士が遊んで親切にしてもらった後で、「この間は仲良くしていただいてありがとうございました」とお礼を言う――などです。私の住む地域のママさんたちは親切な人が多く、今では彼女たちとの付き合いが中心です。 ママ友たちと近所の公園で桜の花見〈2019年4月〉 アルバイトとボランティア アルバイトとボランティア 日本語力がつくと、ボランティアやアルバイトの依頼・紹介が増えました。例えば、2018年からは大阪大学外国語学部(ベトナム語専攻)の学生の卒業論文(ベトナム語)の執筆をサポートする「ティーチング・アシスタント」をしています。 また、2017年から隣の市の公立小学校でスクール・サポートをしています。大学院の先生から紹介されたボランティア的な仕事です。技術者などで日本に来るベトナム人の子どもたちが日本語力ゼロで小学校に入ります。彼らのために一般授業で通訳をしたり、特別授業を設けて日本人教師と一緒に国語や算数を教えたりします。単独で日本語を教えることもあります。こうした児童が現在5人います。学校から保護者への連絡文書を翻訳したり、保護者懇談で通訳をしたりもします。 開始年 終了年 アルバイト・ボランティア 報酬・謝礼(交通費含む) 頻度 2013 箕面市国際交流協会(ベトナム文化の紹介、翻訳、イベント手伝い 無償 不定期 2016 2018 ベトナム語個人レッスン1名 1時間1,500円 週1回(2時間) 2017 小学校で授業サポート 3時間5,000円 週1回(大学の長期休暇時は週4回) 2017 小学校で事務サポート(ベトナム人保護者への連絡分翻訳など) 1回2,400円 2018 2019 箕面市国際交流協会(ベトナム語教室) 1人1回500円 週1回(1時間) 2018 みのお外国人医療サポートネット(ベトナム人の受診で通訳) 1回3,000円 月1回程度 2018 大阪大学(ティーチングアシスタント) 1時間1,600円 2020 NHK文化センター(ベトナム語教室) 1人1コマ1,000円 2週に1回(日曜、80分×2コマ) 2020 大阪の専門学校(ベトナム語講師) 1回4,000円+交通費 週1回(90分) 2020 神戸の専門学校(ベトナム語・ベトナム文化 非常勤講師) 1コマ6,000円 週1回(90分×2コマ) 開始年 終了年 アルバイト・ボランティア 報酬・謝礼(交通費含む) 頻度 2013 箕面市国際交流協会(ベトナム文化の紹介、翻訳、イベント手伝い 無償 不定期 2016 2018 ベトナム語個人レッスン1名 1時間1,500円 週1回(2時間) 2017 小学校で授業サポート 3時間5,000円 週1回(大学の長期休暇時は週4回) 2017 小学校で事務サポート(ベトナム人保護者への連絡分翻訳など) 1回2,400円 2018 2019 箕面市国際交流協会(ベトナム語教室) 1人1回500円 週1回(1時間) 2018 みのお外国人医療サポートネット(ベトナム人の受診で通訳) 1回3,000円 月1回程度 2018 大阪大学(ティーチングアシスタント) 1時間1,600円 2020 NHK文化センター(ベトナム語教室) 1人1コマ1,000円 2週に1回(日曜、80分×2コマ) 2020 大阪の専門学校(ベトナム語講師) 1回4,000円+交通費 週1回(90分) 2020 神戸の専門学校(ベトナム語・ベトナム文化 非常勤講師) 1コマ6,000円 週1回(90分×2コマ) ◎ベトナム語個人レッスン=インターネットの紹介サイトに登録。https://hello-sensei.com/ ◎外国人医療サポート=国際交流協会からの依頼 ◎NHK文化センター、大阪の専門学校=前任者(大阪大学の関係者)からの紹介 ◎神戸の専門学校=大学院の友人からの紹介 自宅の庭でおやつを食べる次女〈2020年〉 自宅の庭でおやつを食べる次女〈2020年〉 自宅で夕食の準備〈2020年〉 日本に慣れ親しんで 自宅で遊ぶ娘たち〈2020年5月〉 娘たちは現在、小学2年と3歳です。娘たちが学校や保育所で過ごす朝から夕方までの間に、私は勉強・家事・アルバイトをこなします。夜も授業準備などがあり、睡眠は5時間ぐらいです。 当初は、数年でベトナムに帰るつもりでしたが、日本で子育てを続けるうちに娘たちに日本の教育を受けさせたいと思うようになりました。日本の学校では生活マナーなども教えてくれるからです。また、日本に長く住み、便利な生活や仕事に対する日本的な考え方にも慣れ親しみました。今ベトナムに帰っても適応できるかどうか分かりません。こうして私たちは2018年、住宅ローンを借りて一軒家を購入しました。当面は、家族や仲間と一緒に日本で学び、働き、生活を続けていきたいと思っています。 自宅で遊ぶ娘たち〈2020年5月〉

    2020年08月07日

  • Vol. 37 多彩な仲間づくりで留学が充実

    今回の先輩 レ・チュン・ハイさん 2014年 5月ファンチヤウチン高校卒業〈ダナン市〉 2014年 9月ドンズー日本語学校入学〈ホーチミン〉 2015年 10月ドンズー日本語学校卒業 2015年 10月神村学園専修学校日本語学科入学〈鹿児島県〉 2017年 3月神村学園専修学校日本語学科卒業 2017年 4月長崎県立大学経営学科入学〈長崎県〉 〈1996年生まれ、ダナン市出身〉 はじめに 外国人客が多い佐世保のバーで大学の仲間たち(ベトナム人、日本人、中国人)と〈2018年〉 「日本で知識と人脈を広げ、将来ベトナムの発展に貢献する」という目標を持ち、まじめに勉強を続け、仲間との時間も大切にするハイさん。多彩な交流を積み重ねるハイさんの留学生活は、他の留学生やこれから日本に来る留学生にも参考になることだろう。 外国人客が多い佐世保のバーで大学の仲間たち(ベトナム人、日本人、中国人)と〈2018年〉 留学前にみっちり勉強 私はベトナムで大学受験に合格しましたが、日本に留学して成功した親せきの話を聞いて自分も留学したくなり、まずドンズー日本語学校を受験しました。 ホーチミンのドンズー日本語学校「ビンミー留学生日本語センター」では、日本の大学を目指す学生向けにハイレベルの日本語教育を行っています。私はここで1年間、寮生活をしました。日本語は初めてでしたが、1年で日本語能力試験(JLPT)のN3程度のレベルになりました。授業は平日の朝から夕方までと土曜日の午前で、毎月、試験の成績でクラス分けが行われました。授業のレベルについていけず、途中で退学する仲間もいました。 ドンズーの教室(左奥が私)。1日中勉強するので、授業の合間に仮眠する生徒も多い ドンズーの教室(左奥が私)。1日中勉強するので、授業の合間に仮眠する生徒も多い 同級生と一緒にホーチミンから福岡空港を経て留学先の鹿児島に到着〈2015年10月〉 日本語学習 神村学園で一緒に勉強した仲間たち〈2017年〉 2015年10月、ドンズーの提携校である神村学園専修学校(鹿児島県)に入学し、1年半学びました。日本留学試験(EJU)のための勉強は自分でやりました。 授業以外での日本語学習には下記の教材を使いました。 ・「新完全マスター」シリーズ ・「スピードマスター」シリーズ ・「日本語総まとめ」シリーズ テレビやインターネットも活用しました。 ・テレビのニュース ・日本のアニメ(字幕:ベトナム語、音声:日本語) ・日本の音楽 神村学園で一緒に勉強した仲間たち〈2017年〉 日本留学試験(EJU)の勉強 佐世保のドンズー仲間(同期+後輩)の食事会。ドンズー生の結束は強い。〈2016年〉 EJU対策には「日本留学試験対策問題集 ハイレベル」シリーズ(アスク出版)や「理解しやすい数学I+A」(文英堂)などを使いました。また、ドンズーの先輩たち(大学生)が集まって模擬試験を作り、年2回のEJUの直前に後輩の私たちに受けさせて採点し、個別指導もしてくれました。こうして、私は長崎県立大学(佐世保市)に合格しました。 佐世保のドンズー仲間(同期+後輩)の食事会。ドンズー生の結束は強い。〈2016年〉 学費と奨学金 神村学園専修学校の学園祭〈2016年11月〉 神村学園の学費…入学金約10万円。ドンズーとの提携料金で「学費+寮費+光熱費」が毎月数万円。 長崎県立大学の学費…入学金37万円。授業料は年間535,800円ですが、留学生向けの授業料減免制度で毎年半額になりました。これには成績などの条件があります。 また、ロータリークラブの奨学金(毎月10万円)を2019年4月から受給しています(2年間)。 Link: ロータリー米山記念奨学会 神村学園専修学校の学園祭〈2016年11月〉 アルバイト アルバイト先のリゾートホテルでバイト仲間と。背後は「ハウステンボス」。〈2018年ごろ〉 私は週28時間(長期休暇時は40時間)の決まりを守りながらさまざまなアルバイトを続け、夏休みには遠方で住み込みの農業アルバイトもしました。アルバイトを通じて日本語を話す機会が増えましたし、仲間もたくさんできました。 アルバイト先のリゾートホテルでバイト仲間と。背後は「ハウステンボス」。〈2018年ごろ〉 時期 主なアルバイト 神村学園 ▪ ラーメン店(学校の紹介) 日本語の練習のためホール担当を希望。最初は「いらっしゃいませ」「決まりましたらお呼びください」「ご注文は以上でおそろいですか」など決まり文句と商品名だけを覚えて対応(→わからないことを聞かれたら店長を呼ぶ)。その後、だんだんと日本語がわかるようになった。 大学1~3年 ▪ リゾートホテル 観光施設「ハウステンボス」の併設ホテル。結婚式の準備や料理の配膳、レストラン店員など。自宅から1時間かかるので、週末だけ勤務。新型コロナの影響で仕事がなくなった。 大学2~3年 ▪ コンビニ 平日は、自宅に近いコンビニで勤務。週末は、ビジネスホテルの仕事とリゾートホテルの仕事。 大学3~4年 ▪ ビジネスホテル 部屋の清掃とベッドメイク。9:30~14:30。当初は週末だけだったが、大学で必要な単位をほとんど取得したので、大学4年からは平日も勤務。 大学4年 ▪ 牛丼店 リゾートホテルの仕事がなくなったため。 夏休み(1~3年) ▪ 農業アルバイト(ドンズーの先輩の紹介) 岩手県で住み込みで農作業。朝4時起床。大根の収穫など。大学2年の夏は1カ月半滞在して約40日間働き、手取り給料42万円。3年の夏は滞在1カ月、手取り22万円。 私の家計簿(1カ月の平均) ※大学3年のときの家計簿 ※100円=21,639ドン(2020年7月23日現在) 収入(合計170,000円~180,000円) 収入 ・アルバイト3件 70,000円~80,000円 ※コンビニ、ビジネスホテル、リゾートホテル ※大学の定期試験がある月は約30,000円 ・奨学金 100,000円 ※ロータリー米山記念奨学会 支出(合計94,000円~110,000円) 家賃 26,000円 ※1人暮らし、ワンルーム、wi-fi・水道費込み 授業料 25,000円 光熱費 10,000円 ※電気・ガスの合計(自炊のためガス代がかさむ) 携帯電話 3,000円 ※Au ※Wi-Fiのある大学図書館で勉強することが多かったので通信料低額 食費 15,000円 ※バイト先のコンビニで廃棄弁当をもらえることもあった 雑費 15,000円~30,000円 ※衣類、交通費、外食費など 差額・貯金(70,000円~80,000円) 差額 70,000円~80,000円 ※緊急時(新型コロナなど)や定期試験の時期など収入減に備えてプール ※2年に1回ベトナムに帰国 ※長期休みに旅行 ベトナム料理の食材も地元の店で入手〈2020年7月〉 ベトナム料理の食材も地元の店で入手〈2020年7月〉 アルバイト仲間 ラーメン店のバイト修了後、仲間が私の誕生日祝い。ケーキは店長の差し入れ。〈2016年〉 アルバイトがきっかけでたくさんの仲間ができました。神村学園時代にはベトナム人の同級生6人でラーメン店やその姉妹店でアルバイトをしましたが、2歳年上の店長が店員と一緒に私たちの寮によく遊びに来てくれました。私たちはベトナム料理を作って迎え、一緒にビールを飲んで過ごしました。 大学に入ってからは、リゾートホテルのバイト仲間で集まって食事会をしたり、そのメンバーの友人の技能実習生たちの寮に集まって食事会をしたりしています。 ラーメン店のバイト修了後、仲間が私の誕生日祝い。ケーキは店長の差し入れ。〈2016年〉 地域のベトナム人コミュニティ 長崎県佐世保市の町並み 地域のベトナム人の交流もあります。友人やその友人がテト(旧正月)や週末に一緒に食事をしたり、新しく日本に来た人をサポートしたりします。今年のテトには、日本語学校の留学生やアルバイト仲間、大学の同級生など地元のベトナム人十数人が後輩留学生の家に集まってお祝いをしました。長崎では大都会と比べてベトナム人が少ないこともあってか、地域のベトナム人のつながりが強いように思います。 長崎県佐世保市の町並み 旅行とドンズー仲間 旅行先の横浜でドンズーの同期と食事会〈2018年〉 ドンズー卒業生は全国に散らばっており、旅行の際は互いの家に泊め合います。私も九州各地や関西、東京、横浜、福島などさまざまな地域に旅行しました。普段の生活でも、地元のドンズー卒業生との交流はたくさんあります。 旅行先の横浜でドンズーの同期と食事会〈2018年〉 ロータリークラブの活動 長崎県雲仙市でRCの相談担当の方と〈2019年12月〉 大学3年からロータリークラブ(RC)の奨学金を受給しているため、RCの活動によく参加します。これを通じて各国からの奨学生仲間や日本の方々との交流も生まれました。私は長崎県内各地のRCでこれまでに6回、卓話(ミニ講演)を担当しました。奨学生の相談担当のRCメンバーがおられ、卓話担当後に観光に連れて行ってくれたりもします。 長崎県雲仙市でRCの相談担当の方と〈2019年12月〉 長崎県の鎮西学院高校の生徒らと交流〈2019年〉 奨学生がRCメンバーに手料理をふるまうイベントや高校生と交流するイベントなどもあります。2019年は、奨学生14人が長崎県諫早(いさはや)市へのRCの研修旅行(1泊2日)に同行させていただき、地元の高校生らと交流しました。 長崎県の鎮西学院高校の生徒らと交流〈2019年〉 農業アルバイトで実習生活を体験 左:農園の昼休み〈2018年〉右:農園の寮。早朝に起床し、車で農園へ〈2018年〉 私は週28時間(長期休暇時は40時間)の決まりを守りながらさまざまなアルバイトを続け、夏休みには遠方で住み込みの農業アルバイトもしました。アルバイトを通じて日本語を話す機会が増えましたし、仲間もたくさんできました。 しかし、2年前のある日、上司のやり方に不満を持った実習生1人が技能実習をやめると言い出しました。他の実習生も同じ不満を抱えていますが、日本語を十分に話せません。そこで、私が彼らと農園幹部の間に入って話し合いが行われました。実習生1人は結局ベトナムに帰国しましたが、この話し合いをきっかけに実習生の処遇が改善され、最近では、幹部が彼らを旅行に連れて行くなどよい関係が続いているようです。 左:農園の昼休み〈2018年〉右:農園の寮。早朝に起床し、車で農園へ〈2018年〉 鹿児島・長崎のよさ リゾートホテルのバイト仲間の家で食事会〈2019年〉 東京や大阪に遊びに行くこともありますが、人々がいつも忙しそうで、余裕がないように見受けられます。都会で学ぶベトナム人仲間には、「日本が好きになれない」「卒業したら帰国したいと」いう人も少なくありません。 都会での人間関係を聞くと、鹿児島・長崎とは違うように感じます。私はここで親切な日本人に多く出会い、日本になじむことができました。アルバイト先でもたくさんのお客さんに話しかけていただきました。地域のベトナム人コミュニティのつながりもあります。地方で留学できてよかったと思っています。 リゾートホテルのバイト仲間の家で食事会〈2019年〉 大学での勉強と将来 勉強もがんばっています。大学3年間で必要単位をすべて取り、あとは卒業論文だけです。大学では保険と企業のリスクマネジメントについて学びましたが、もう少し勉強したくて大学院の推薦入試を受け、合格しました。卒業後は日本で保険関係の仕事をし、将来はベトナムに知識やノウハウを還元したいと思っています。

    2020年08月05日

  • Vol. 37. Hành trình du học trọn vẹn ý nghĩa nhờ vòng kết nối bạn bè phong phú

    Gặp gỡ sempai số này Lê Trung Hải Tháng 5/2014Tốt nghiệp trường THPT Phan Châu Trinh 〈TP Đà Nẵng〉 Tháng 9/2014Nhập học trường Nhật ngữ Đông Du 〈Hồ Chí Minh〉 Tháng 10/2015Tốt nghiệp trường Nhật ngữ Đông Du Tháng 10/2015Nhập học khoa tiếng Nhật trường Kamimura Gakuen 〈Tỉnh Kagoshima〉 Tháng 3/2017Tốt nghiệp khoa tiếng Nhât trường Kamimura Gakuen Tháng 4/2017Nhập học ngành Quản trị kinh doanh trường Đại học tỉnh lập Nagasaki 〈Tỉnh Nagasaki〉 〈Sinh năm 1996 tại thành phố Đà Nẵng〉 Lời mở đầu Ảnh chụp cùng các bạn đại học (người Việt, Nhật và Trung) tại một quán bar đông khách ngoại quốc ở Sasebo〈2018〉 Ở số này chúng ta sẽ gặp gỡ Lê Trung Hải, chàng trai luôn giữ vững mục tiêu “Học thành tài và mở rộng các mối quan hệ trên đất Nhật để cống hiến cho sự phát triển của Việt Nam”, không ngừng nỗ lực học tập và trân trọng khoảng thời gian cùng bạn bè. Hy vọng câu chuyện du học với trải nghiệm giao lưu phong phú của Hải sẽ là một kênh tham khảo cho các bạn du học sinh cũng như các bạn sắp lên đường đến Nhật Bản ! Ảnh chụp cùng các bạn đại học (người Việt, Nhật và Trung) tại một quán bar đông khách ngoại quốc ở Sasebo〈2018〉 Quá trình học tập miệt mài trước khi đi du học     Mặc dù đã thi đỗ trong kỳ thi tuyển sinh đại học ở Việt Nam, nhưng sau khi nghe câu chuyện của một người họ hàng từng dụ học Nhật và rất thành công, tôi lại muốn được đi du học. Và bước đầu tiên để hiện thực hóa điều đó chính là nhập học trường Nhật ngữ Đông Du.      Trung tâm đào tạo du học Bình Mỹ của trường Nhật ngữ Đông Du áp dụng một chương trình giáo dục tiếng Nhật trình độ cao dành riêng cho các học sinh nhắm đến các trường đại học của Nhật Bản. Tôi đã ở nội trú tại đây trong vòng một năm. Dù bắt đầu từ con số 0 với tiếng Nhật, tôi đã nhanh chóng lấy được chứng chỉ JLPT N3 sau một năm này. Tại ngôi trường này, chúng tôi học liên tục từ sáng đến chiều tối các ngày trong tuần cộng thêm sáng thứ 7, và mỗi tháng đều có kỳ phân chia lại lớp học dựa trên kết quả thi. Thực tế, đã có nhiều bạn bỏ cuộc giữa chừng vì không theo nổi các giờ học tại đây. Lớp học ở Đông Du (tôi ở góc trái). Nhiều bạn tranh thủ ngủ giấc ngắn giữa các giờ học vì thời gian học kéo dài cả ngày Lớp học ở Đông Du (tôi ở góc trái). Nhiều bạn tranh thủ ngủ giấc ngắn giữa các giờ học vì thời gian học kéo dài cả ngày Ảnh chụp cùng các bạn đồng khóa đi từ TPHCM đến sân bay Fukuoka trước khi đến Kagoshima – bến đỗ du học của tôi〈tháng 10/2015〉 Quá trình học tiếng Nhật Ảnh chụp cùng các bạn học tại trường Kamimura Gakuen〈2017〉     Từ tháng 10 năm 2015, tôi nhập học và trải qua một năm rưỡi tại trường Kamimura Gakuen ( Tỉnh Kagoshima) – ngôi trường có liên kết với Nhật ngữ Đông Du. Bên cạnh đó tôi cũng tự ôn luyện cho kỳ thi du học Nhật Bản (EJU).     Ngoài giờ học trên lớp, tôi cũng sử dụng các giáo trình sau đây cho việc học tiếng Nhật của mình : ・Bộ giáo trình Shinkanzen Master ・Bộ giáo trình Speed Master ・Bộ giáo trình Nihongo Soumatome     Tôi cũng tận dụng các nguồn tivi và internet, chẳng hạn như : ・Tin tức trên tivi ・Phim hoạt hình Nhật Bản ( tiếng Nhật, phụ đề tiếng Việt) ・Các bài hát tiếng Nhật Ảnh chụp cùng các bạn học tại trường Kamimura Gakuen〈2017〉 Việc ôn luyện cho kỳ thi Du học Nhật Bản (EJU)     Các bạn đồng khóa và kouhai Đông Du của tôi ở Sasebo trong một bữa ăn. Sinh viên Đông Du luôn giữ mối liên hệ chặt chẽ với nhau〈2016〉     Để phục vụ cho kỳ thi EJU, tôi đã sử dụng các bộ giáo trình như bộ “Tuyển tập đề thi EJU High Level” (NXB Ask), bộ “Toán học I+A dễ hiểu” (NXB Buneido). Ngoài ra, các sempai Đông Du đã đỗ đại học còn tổ chức kỳ thi thử EJU 2 lần mỗi năm ngay trước các kỳ thi thật, chấm điểm và kèm cặp riêng cho kouhai chúng tôi. Kết quả của quá trình cố gắng đó là tôi đã đỗ vào trường đại học tỉnh lập Nagasaki, thành phố Sasebo. Các bạn đồng khóa và kouhai Đông Du của tôi ở Sasebo trong một bữa ăn. Sinh viên Đông Du luôn giữ mối liên hệ chặt chẽ với nhau〈2016〉 Học phí và học bổng Tại lễ hội truyền thống của trường Kamimura Gakuen〈tháng 11/2016〉     Học phí tại trường Kamimura Gakuen gồm 10 nghìn yên tiền nhập học cùng với khoảng vài chục nghìn yên tiền học, tiền ở ký túc xá và phí tiêu thụ năng lượng hàng tháng, được xem như chi phí theo thỏa thuận liên kết với Đông Du.     Học phí ở đại học tỉnh lập Nagasaki bao gồm 370 nghìn yên tiền nhập học và 535.800 yên học phí cho mỗi năm. Tuy nhiên nhờ chế độ miễn giảm cho du học sinh, tôi được giảm một nửa học phí hàng năm. Chế độ này có điều kiện xét dựa trên thành tích học tập của sinh viên.     Ngoài ra, tôi cũng bắt đầu nhận học bổng từ quỹ Rotary Club từ tháng 4 năm 2019 với số tiền 10 nghìn yên mỗi tháng, trong vòng 2 năm. Link: Về học bổng Rotary : Hội khuyến học kỷ niệm Rotary - Yoneyama Tại lễ hội truyền thống của trường Kamimura Gakuen〈tháng 11/2016〉 Việc làm thêm  Ảnh chụp cùng với các bạn cùng làm thêm ở Resort – Khách sạn. Sau lưng chúng tôi là công viên Huis Ten Bosch〈khoảng năm 2018〉     Tôi đã duy trì nhiều công việc làm thêm trên nguyên tắc tuân thủ quy định giờ làm tối đa 28 giờ mỗi tuần ( vào kỳ nghỉ dài là 40 giờ mỗi tuần), bên cạnh đó tôi cũng từng đến những nơi xa, ở lại đó và làm các công việc liên quan đến nông nghiệp. Thông qua các công việc làm thêm này, tôi có được cơ hội nói tiếng Nhật nhiều hơn, qua đó có thêm rất nhiều bạn bè, người quen. Ảnh chụp cùng với các bạn cùng làm thêm ở Resort – Khách sạn. Sau lưng chúng tôi là công viên Huis Ten Bosch〈khoảng năm 2018〉 Giai đoạn Công việc làm thêm chủ yếu Kamimura Gakuen ▪ Tiệm mì Ramen (do nhà trường giới thiệu) Tôi đăng ký làm ở vị trí nhân viên phục vụ nhận order nhằm luyện tập tiếng Nhật. Ban đầu, tôi chỉ ghi nhớ thực đơn cùng các câu nói đã thành quy ước như “Xin kính chào”, “Vui lòng gọi tôi khi quý khách đã chọn xong”, “Các món quý khách gọi đã đủ chưa ạ”…(và nếu bị hỏi những gì mình không biết, tôi sẽ gọi quản lý tiệm ra). Một thời gian sau, tôi đã dần hiểu được tiếng Nhật khá hơn. Đại học năm 1-3 ▪ Khách sạn – Resort Chỗ làm của tôi là khách sạn cùng chung khuôn viên với công trình du lịch Huis Ten Bosch. Tại đây tôi đảm nhận các việc như nhân viên nhà hàng, chuẩn bị tiệc cưới, bưng bê phục vụ thức ăn…Vì phải mất một giờ để đi từ nhà, nên tôi chỉ làm việc này vào khung giờ cuối tuần. Tuy nhiên, do ảnh hưởng của dịch Covid-19, hiện tôi không thể làm công việc này nữa. Đại học năm 2-3 ▪ Cửa hàng tiện lợi Vào những ngày trong tuần, tôi làm thêm tại cửa hàng tiện lợi ở gần nhà. Công việc ở các Business Hotel và resort được bố trí vào cuối tuần. Đại học năm 3-4 ▪ Business Hotel Công việc của tôi là dọn dẹp vệ sinh và trải giường khách sạn. Thời gian làm từ 9h30 đến 14h30. Giai đoạn đầu tôi chỉ làm vào cuối tuần, nhưng khi đã lấy đủ hầu hết tín chỉ cần thiết ở trường, từ năm 4 tôi bắt đầu làm cả những ngày trong tuần nữa. Đại học năm 4 ▪ Tiệm cơm bò (Gyudon) Tôi bắt đầu công việc tại đây sau khi mất việc ở Resort do ảnh hưởng của dịch bệnh. Các kỳ nghỉ hè (năm 1-3) ▪ Công việc làm nông (do Sempai Đông Du giới thiệu) Tôi ở lại đó và làm các công việc đồng áng tại tỉnh Iwate. Tại đây, tôi thức từ 4h sáng và làm các công việc như thu hoạch củ cải. Mùa hè năm 2 đại học, tôi đã ở lại 1 tháng, làm việc 40 ngày và thu nhập 420 nghìn yên. Hè năm thứ 3, tôi cũng ở lại 1 tháng và thu nhập là 220 nghìn yên. Sổ tay chi tiêu của tôi (tính trung bình một tháng) ※Đây là thông tin thu chi ở thời điểm năm 3 đại học ※100 yên = 21639 đồng (tính tại thời điểm 23/7/2020) Thu nhập (tổng thu nhập 170.000 yên ~ 180.000 yên) Thu nhập ・Thu nhập từ 3 công việc làm thêm 70.000 ~ 80.000 yên ※Công việc ở cửa hàng tiện lợi, Business Hotel và Resort ※Vào những tháng có bài thi và kiểm tra, thu nhập rơi vào khoảng 30.000 yên ・Học bổng 100.000 yên ※Học bổng được cấp bởi hội khuyến học Rotary-Yoneyama Chi tiêu (tổng chi tiêu 94.000 yên ~ 110.000 yên) Tiền nhà 26.000 yên ※Tôi sống 1 mình, 1 phòng, tiền nhà đã bao gồm tiền wifi và tiền nước sinh hoạt Tiền học phí 25.000 yên Phí tiêu thụ năng lượng 10.000 yên ※Gồm tiền điện và tiền gas (do tôi tự nấu ăn nên tiền gas khá cao) Tiền sử dụng điện thoại 3.000 yên ※Tôi sử dụng mạng Au ※Tôi thường học ở thư viện trường nơi có wifi đầy đủ, nên tiết kiệm được chi phí sử dụng mạng Tiền ăn uống 15.000 yên ※Thi thoảng tôi cũng được nhận những phần cơm Haiki (vừa quá hạn) từ cửa hàng tiện lợi nơi tôi làm việc Tiền tiêu vặt 15.000 yên ~ 30.000 yên ※Gồm tiền mua sắm quần áo, đi lại và ăn ngoài Tiền chênh lệch – Tiền tiết kiệm (70.000 yên ~ 80.000 yên) Tiền chênh lệch 70.000 yên ~ 80.000 yên ※Dùng để chi cho những tình huống khẩn cấp (như đại dịch Covid-19) hay lúc thu nhập giảm do rơi vào giai đoạn thi cử ※Tôi cũng chi cho việc về thăm quê 2 năm 1 lần ※Chi tiêu cho các chuyến du lịch vào kỳ nghỉ dài Tôi có thể dễ dàng mua được các nguyên liệu, thực phẩm Việt ngay tại cửa hàng ở địa phương〈tháng 7/2020〉 Tôi có thể dễ dàng mua được các nguyên liệu, thực phẩm Việt ngay tại cửa hàng ở địa phương〈tháng 7/2020〉 Bạn bè ở nơi làm thêm Các bạn mừng sinh nhật tôi sau giờ làm ở tiệm Ramen. Bánh kem do quản lý tiệm gửi tặng〈2016〉     Tôi đã có được rất nhiều bạn bè thông qua các công việc làm thêm của mình. Giai đoạn học ở trường Kamimura Gakuen, nhóm 6 người gồm tôi cùng các bạn cùng khóa người Việt làm thêm tại tiệm mì Ramen và các tiệm cùng hệ thống. Khi đó, chủ tiệm chỉ hơn chúng tôi 2 tuổi đã nhiều lần cùng các nhân viên đến ký túc xá thăm chúng tôi. Tôi và mọi người đã có những giây phút rất vui, tôi làm món Việt chiêu đãi họ và cùng họ uống bia.     Sau khi vào đại học, tôi và bạn bè cùng làm ở Resort – Khách sạn thường tụ họp lại và tổ chức các buổi tiệc, có khi lại tập trung ở nhà của các bạn thực tập sinh trong nhóm để ăn uống, liên hoan. Các bạn mừng sinh nhật tôi sau giờ làm ở tiệm Ramen. Bánh kem do quản lý tiệm gửi tặng〈2016〉 Cộng đồng người Việt ở địa phương Cảnh quan thành phố Sasebo, tỉnh Nagasaki     Người Việt Nam ở nơi tôi sống cũng rất tích cực giao lưu với nhau. Bạn bè tôi và nhiều bạn của họ nữa thường xuyên tụ họp ăn uống vào dịp Tết hay cuối tuần, cũng như cùng hỗ trợ những người Việt mới đến Nhật. Năm nay, rất đông người Việt ở địa phương tôi, gồm sinh viên trường tiếng, đồng nghiệp tại chỗ làm thêm và cả bạn đồng khóa ở đại học đã đến nhà các du học sinh kouhai để cùng nhau đón Tết. Mặc dù người Việt ở Nagasaki có thể không đông như các đô thị lớn, nhưng mối gắn kết giữa người Việt ở đây rất khắng khít, chặt chẽ. Cảnh quan thành phố Sasebo, tỉnh Nagasaki Bạn đồng môn Đông Du và những chuyến du lịch Dùng bữa cùng các bạn đồng khóa Đông Du ở điểm du lịch Yokohama〈2018〉     Sinh viên xuất thân từ Đông Du chúng tôi sinh sống ở khắp mọi nơi trên nước Nhật, vì thế có nhiều cơ hội ở lại chỗ của nhau trong những chuyến du lịch xa. Bản thân tôi cũng đã đặt chân đến nhiều nơi như vùng Kyushu, Kansai, Tokyo, Yokohama hay Fukushima… Cả trong cuộc sống hàng ngày, tôi cũng thường kết nối và chia sẻ với các sinh viên Đông Du tại khu vực mình sinh sống. Dùng bữa cùng các bạn đồng khóa Đông Du ở điểm du lịch Yokohama〈2018〉 Các hoạt động trong câu lạc bộ Rotary Ảnh chụp cùng với cố vấn của RC tại thành phố Unzen, tỉnh Nagasaki〈tháng 12/2019〉     Nhờ bắt đầu nhận học bổng từ Rotary Club (RC) từ năm 3 đại học, tôi đã được tham gia rất nhiều hoạt động của RC. Từ cơ duyên này, tôi cũng có cơ hội giao lưu kết nối cùng các du học sinh của nhiều quốc gia cũng như với nhiều người Nhật. Đến thời điểm hiện tại trong khuôn khổ các RC trong tỉnh Nagasaki, tôi đã phụ trách tổ chức 6 buổi giao lưu phát biểu nhỏ. Ở đây cũng có các thành viên của RC phụ trách tư vấn cho du học sinh, các vị này cũng thường dẫn chúng tôi đi thăm thú đó đây sau các buổi phát biểu. Ảnh chụp cùng với cố vấn của RC tại thành phố Unzen, tỉnh Nagasaki〈tháng 12/2019〉 Giao lưu cùng các em học sinh trường trung học phổ thông Chinzei Gakuin〈2019〉    Ngoài ra cũng phải kể đến những dịp mà du học sinh tự tay nấu nướng chiêu đãi các thành viên của RC, cũng như các sự kiện giao lưu với học sinh phổ thông. Điển hình như năm 2019, tôi được đồng hành cùng với đoàn 14 du học sinh trong chuyến tham quan học tập 2 ngày 1 đêm của RC đến thành phố Ichihaya (Nagasaki) và đã có dịp giao lưu cùng các em học sinh phổ thông của địa phương này. Giao lưu cùng các em học sinh trường trung học phổ thông Chinzei Gakuin〈2019〉 Trải nghiệm đời sống thực tập sinh thông qua công việc làm nông Ảnh trái: giờ nghỉ trưa ở nông trại〈2018〉 Ảnh phải: ký túc xá của nông trại. Tôi thức rất sớm và di chuyển đến nông trại bằng xe ô tô〈2018〉    Tôi đã có trải nghiệm làm việc kéo dài 1 tháng tại một nông trại ở tỉnh Iwate vào mùa hè hằng năm. Nhóm toàn người Việt chúng tôi gồm 6 bạn thực tập sinh và 4 nhân viên làm thêm đã cùng nhau sống và sinh hoạt ở ký túc xá. Thông qua những đêm cùng uống bia chuyện trò tâm sự, tôi thân thiết với họ như anh em vậy.     Tuy nhiên vào một ngày cách đây 2 năm, một trong số các bạn thực tập sinh đã bày tỏ bất mãn với cách làm việc của người quản lý và muốn dừng công việc này. Các thực tập sinh còn lại cũng cùng chung nỗi bất mãn đó nhưng không thể giãi bày bởi hạn chế về tiếng Nhật của họ. Khi đó, tôi đã đứng ra làm trung gian để đôi bên có thể chia sẻ thẳng thắn với nhau. Mặc dù sau cùng một bạn đã quay về Việt Nam, nhưng nhờ cuộc trò chuyện này mà những đối đãi dành cho thực tập sinh được cải thiện tích cực, đôi bên đã và đang duy trì mối quan hệ tốt đẹp mà điển hình là gần đây, vị quản lý ấy còn dẫn các bạn đi du lịch nữa . Ảnh trái: giờ nghỉ trưa ở nông trại〈2018〉 Ảnh phải: ký túc xá của nông trại. Tôi thức rất sớm và di chuyển đến nông trại bằng xe ô tô〈2018〉 Những điều tuyệt vời ở Kagoshima – Nagasaki Một bữa ăn uống tại nhà của đồng nghiệp cùng làm ở khách sạn – resort〈2019〉    Tôi vẫn thường lui tới Tokyo và Osaka, nhưng cảm nhận của tôi là mọi người ở đó quá bận rộn, căng thẳng. Không ít bạn bè tôi đang học tập tại các đại đô thị này cảm thán rằng, “ Tớ chả thích nổi nước Nhật”, “Tốt nghiệp xong tớ muốn về nước!”…    Nghe những câu chuyện về quan hệ người với người ở các thành phố lớn đó, tôi cảm thấy khác quá so với Kagoshima và Nagasaki. Ở vùng đất này, nhờ gặp được nhiều người Nhật Bản hiền lành tử tế, tôi đã hòa nhập rất tốt vào cuộc sống ở xứ sở anh đào. Cả ở nơi làm thêm cũng có rất nhiều người Nhật sẵn sàng bắt chuyện với tôi. Thêm vào đó, sự gắn kết của cộng đồng người Việt ở địa phương cũng rất tốt. Có thể nói, tôi thật may mắn vì đã đến và du học tại một vùng quê yên lành thế này. Một bữa ăn uống tại nhà của đồng nghiệp cùng làm ở khách sạn – resort〈2019〉 Việc học ở đại học và suy nghĩ về tương lai    Tôi vẫn đang nỗ lực học tập từng ngày. Vì đã lấy đủ tín chỉ cần thiết trong vòng 3 năm qua, tôi chỉ còn mỗi luận văn tốt nghiệp nữa thôi là hoàn tất chương trình học của mình. Trong thời gian qua, tôi đã học về bảo hiểm và quản trị rủi ro doanh nghiệp, nhưng với mong muốn được học chuyên sâu hơn, tôi đã thi lên cao học với sự giới thiệu của nhà trường và đã có kết quả đỗ. Sau khi tốt nghiệp, tôi có nguyện vọng làm việc trong lĩnh vực bảo hiểm tại Nhật, và trong tương lai tôi sẽ mang kiến thức cùng kinh nghiệm của mình về phục vụ cho quê hương Việt Nam.

    2020年08月05日

主催者

Nhà tài trợ Bạch Kim

後援

  • 在ベトナム日本国大使館
  • 国際交流基金ベトナム日本文化交流センター
  • JNTOハノイ事務所
  • 関西経済連合会
  • 一般社団法人 国際人流振興協会
  • 公益社団法人 ベトナム協会
  • NPO法人 日越ともいき支援会

協力

JASSO(日本学生支援機構)

外国人労働者弁護団

WA.SA.Bi.